キャリアアップ プリンセス☆ローズの目指せプロご主人様への道 未選択 忍者ブログ

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これでコンカフェは引退するつもりだった。何度目の引退か?しかし、その時は、当人たちはいたって真面目に卒業しようと思っているものだ。

名古屋において唯一幸運?であり、不運?だったのが、メイド喫茶の集積地は、大須観音という名古屋からは少し離れた繁華街だったからだ。

東京や大阪で例えるならば、名古屋=東京&大阪、栄=心斎橋&新宿、大須観音=日本橋&秋葉原。みたいな感じだろうか?実際には違いがあるが、おおまかなイメージとしてはおおよそ合っていると思う。

名古屋からさらに大須とは逆方面に住んでいた私からすると、大須観音はとても遠い存在だった。自転車で約30分・電車を乗り継いでも約25分。よほど自分の求めるものが無い限りは、なかなか通うことが難しい環境だった。

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名古屋のコンカフェは、かなり東京よりのシステムだった。だいたいどこのお店も1時間500円のチャージ料がかかる。それ以外のフードやドリンクの値段はさほど高くはないが、どこのお店もおおよそ冷凍モノなど、そこでおなかを満たそうとはなかなか思えない内容だった。

名古屋といえば、元祖クラシカルメイド喫茶のエムズメロディが有名であったが、クラシカル系というよりは、東京ほどのシステマチックさでもなく、大阪ほどのフリーダムさでもないなんとも言い難いお店が多かった。

引退しようと思ってはいたものの、休日などに時間ができると、つい、ふらりとコンカフェに立ち寄ってしまっていたが、そういった特徴からか、なかなか通おうというお店に出会うことはなかった。

メイリーフは、2011年の6月オープンなので、まだちはやさんに出会うことはできなかった。

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大須のメイド喫茶をおおかた周り終えたそのあとに、「丸の内」という大阪で言う本町のようなビジネス街の「萌えりぃ」というお店にいつしか通うようになっていた。

萌えりぃは、現在は今を時めく「たかしょー」が在籍していたお店であり、のちにオープンするメイリーフの系列店のお店のひとつだった。

なぜ通うようになったかと言うと、圧倒的に優れたシステムと料理の品質の良さ。そして何より女の子のビジュアルとトーク力の高さだった。

システムの何が優れているかというと、基本的には1時間当たりのチャージが500円で一律だったお店が多い中、「チャージ無し」か「チャージあり」を選べた点だ。

「チャージ無し」などという野暮ったい言葉はもちろん存在せず、チャージ料を払うと「リターン」という魔法により、萌えりぃ星から来た女の子と会話ができるという建前だった。(逆に言えば、チャージを払わなければお前らの話してる内容なんか理解できねぇよ。と、いう解釈もできて面白い)

それならみんなリターンしないのではないか?と、いう心配もあるかもしれないが、1時間ごとに延長するたびに、「リターンはいりましたー。ありがとうございまーす」みたいな、コールが入るので、非常に気分が良い。
AKBなどのグループが、キャバクラのシステムを持ち込んだ。と、言われるが、萌えりぃのグループもシャンパンタワーの導入やコールなど、キャバクラのシステムをコンカフェに上手く融合させた先駆けだった。

その手法には賛否両論あるかもしれないが、少なくとも私は、顧客視点で見た時には、素晴らしいお店だったと思う。

あまりその素晴らしさを記載したことはなかったが、私は萌えりぃについても本当に素晴らしいお店だと思っており、メイリーフが無かったとしたら、おそらく萌えりぃの住人になっていたと思われる。

当時の名古屋は、萌えりぃグループを中心に、いくつかの新店がオープンしており、コンカフェ文化花盛りの時代だった。
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やりやすい生徒をすべて割り振ったあとは、厄介な生徒をいかにしてグリップできるか?を、もとに割り振っていった。

サクラさんは、生徒受けは抜群なのだが、父親が弁護士・医者など論理的に詰められるパターンが苦手なので、保護者対応に手間がかかる生徒をすべて自分に割り振っていった。※こういう父親に対してはすべての発言に対してエビデンスやデータを開示しないといけないので、一回の面談で死にたくなる。あと、入学時にうかつなことを言うと結果が出なかったときに死ぬ。

逆に、低学年の女子生徒については、基本的にサクラさんに割り振っていった。

これは、私の経験上の勘なのだが、高校1年生・2年生までは、基本的に同性の担任を割り当てたほうが上手く行く。逆に高3になると、逆の異性を割り当てたほうが上手くいく。

なぜなのか?と、いうのは上手く言語化できないが、おそらく単純に男性・女性としての特徴を相互で保管することの重要性を、高3くらいになると受容できるのではないか?と、いう感じである。

逆に高1・高2くらいの年齢だと、まだ精神的に未熟なのか?お嬢様学校の生徒などは、担任や指導する先生を「女性」で指定することもある。

なので、教育業界においては、「女性」の担任や教科指導ができる人材は、非常に重宝する。

そもそも営業やサービス業界において、「男性」を指定するケースは非常に少ない。男性が苦手な顧客は、女性で満足するし、どちらでも構わない。と、いう顧客でも、基本女性の方が愛想がよくコミュ能力も高いので、受付・営業などには、女性の力が確実に発揮できる環境だと思われる。

「営業」というと、昭和的なハードなイメージが付きまとうが、今は時代も変わったのだから、女性らしさと最新技術を活かした、新しい営業の形もあるのではないかと常々思う。女性の仕事の代表みたいな、事務やお茶くみの仕事で彼女たちの魅力を殺すのはもったいない。そういう意味では、地下アイドルやコンカフェ店員は、女性の活躍の場を広げているだろう。

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おおよその校舎であれば、こういう割り振りであれば完結するのだが、名古屋ではここで困ったことが起きた。

女子生徒を基本的にサクラさんに割り振るつもりが、そんなことをしたら全然生徒が割り振れない・・・。

土地柄なのか、名古屋はめちゃくちゃ女子生徒が多かった。私立の女子高が多かったからだろうか?南山・淑徳・椙山・金城と名古屋はお嬢様学校が多い。お金がかかる私立に入学させておきながら、入学後もさらにお金がかかる予備校に通わせるのは、公立の生徒ではなく私立の生徒である。まさに格差・・・。


ただし、男女比で言えばそもそも、学習塾・予備校に通う性別は、基本的に女子生徒の方が断然多い。

男子は基本馬鹿なので、「俺、本気出せばできるし」「予備校とか通うのダサいし」みたいな考えを持っているので、コツコツ頑張ることができない。

逆に女子は、言われたことは基本的になんでもその通りやるし、真面目だ。ノートの取り方を想像すればわかるだろう。汚い字でまったくまとまりの無い男子と、色とりどり、綺麗にまとめられた女子のノート。これが、性別の特徴を表してるように思える。

なので、おおよその学習塾は、6:4から多くても7:3くらいの男女比になるはずだが、名古屋の高1・2の場合は、8:2から9:1くらいの割合で、女子生徒になっていた。

これにはほとほと困った。高3くらいの女子なら、私のうわべだけのロジックでなんとか騙すこともできるのだが、高1・2くらいの女子には私の話は、少し難しすぎる。

もしも私が超絶イケメンであれば、高1・2の女子生徒も扱いやすいのだが、残念ながら生まれ直している暇はない。

仕方がないので、高1・2の女子生徒を100人以上自分で担当する覚悟を決めた。高3などのその他の生徒を含めれば、およそ200人近い担任を持つことになる。

不安はまだまだ尽きることが無いが、ひとまず春の入会~授業準備を終えたローズは、2011年の繁忙期を乗り越え、いよいよ大須へと向かっていくのであった・・・。


サヨナラ・アルデンテ。\(^o^)/

いや、特に意味はありません。\(^o^)/

なんかAKBとかのタイトルっぽくない?
そもそも、この看板が何を言いたいのかわからないのですが。\(^o^)/


と、いうことで、何を言いたいのかわからない。と、言えば、代表格のローズのブログ!!

最近全然コメントが無いのですが、あれ?おかしいな。個人的には結構面白いと思うんですが、読者のニーズをつかめていない???\(^o^)/

最近は本当に在宅なので、現場の表情が見えないし、ふわっとした民意もつかめないので、ツイッターで監視した情報だけで書いてるから、リアリティないのかなー?

まぁ、別にお金をもらって書いてるわけでもないし、好きなことを好きなように書くよ。\(^o^)/

と、いうことで、今回は前回のジャンプの話の続き。\(^o^)/

興味のない人は、また次回。\(^o^)/


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と、いうことで、男子100%になりました。週間少年ジャンプのターン。\(^o^)/

ここからは、90年代ということで、このブログの読者の人にはさらに刺さる内容盛りだくさんじゃないでしょうか?






まずは、1991年復刻号。

いわゆる「クリリンのことかー」の回で、スーパーサイヤ人に変身した悟空が活躍する回ですね。

最近は、子供の読解力低下のニュースをよく見かけますが、「穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士」という複雑な文章を読んでないから、最近の子供はダメなんですよ。\(^o^)/

で、前回からも思っていましたが、ドラゴンボールは、やっぱり大きな紙面で見ると迫力があって面白いですね。コミックスも良いですが、改めて紙面の良さを感じました。


一部の作品を除くと、80年代とはラインナップがガラリと変わっているのが、ジャンプの強みですね。

幽遊白書・ダイの大冒険・スラムダンク・ドラゴンボールという当時4大作品と言われるものがそろってるのが驚愕ですね。

そもそも、比較されたらワキ役ともいわれてしまう作品が、ろくでなしブルース・ジョジョ・電影少女・花の慶次ですからね。ジャンプ最強すぎ。

ギャグマンガも、新進気鋭の画太郎先生の珍遊記にまじかるたるルートくんで、完全に時代の先端を行っています。

逆に、リベロの武田(THEモモタロー)のにわの先生、シティハンターの北条先生・ジャングルの王者ターちゃんの徳弘先生、燃えるお兄さんの佐藤先生・エース(キャプ翼)の高橋先生、魁男塾の宮下先生など、80年代を牽引した先生方との世代交代を感じるのは私だけでしょうか?







続いては、史上最大の記録と言われる653万部号。
1995年です。

210円×653万=約12億円。

そりゃ、漫画を刷ることが札束をすることと同義だ。と、言われたのも納得ですよね。

当時は、GLAYのベストアルバムやB'zのベストアルバムが500万・600万と売れて、良い時代でしたね。AKBなんかの比じゃないよ。消費者の幸せ度も比じゃないけど。

4大連載と言われたなかで、おそらく一番最後に連載始めたはずの富樫先生は、強さのインフレバトルに嫌気がさしたのか早々にリタイア。(ある意味センスがある)

だけどそこを埋めるようにるろうに剣心が始まり、忍空・BOYと、ニュースターが誕生。

個人的には、元祖巻末ギャグマンガ家のなにわ小吉先生の王様はロバに、みどりのマキバオー、とってもラッキーマンが熱かったですね。そして、地獄先生ぬ~べ~はエロかった。\(^o^)/

この号は個人的にとても印象が残っている号で、ダイの大冒険で、まさかのアバン先生復活の奇跡回なんですよね。

序盤で死んだと思ってたアバン先生が、約6年ぶりくらいに復活って、ことで、なにこれ。やばい。早く続きが読みたい。でも、年末合併号だから、2週間待つとか死ぬ。という感じで発狂し続けた記憶があります。

もしもネットがある現代社会だったら、どんなイリーガルな手段を使っても、最新号をハッキングして読んでたでしょうね。






そして時代の転換点となった、ワンピース連載開始号。
1997年。明るいミレニアムはすぐそこのはずでした。

しかし、過去の看板だった、ドラゴンボールも、ダイの大冒険も、スラムダンクも終わり、るろ剣もそれほど勢いがありません。

1990年前半の熱狂を知っていた身としては、正直このころからジャンプの未来を心配していた生意気な高校生でした。

努力・友情・勝利。が、売りのジャンプでしたが、この時代からは、先鋭的なギャグ漫画を上手く利用して、危機を乗り切った印象です。

幕張は今読んでも頭おかしいし、世紀末リーダー伝たけしも、ベタだけど面白いし、そして何より、まさるさんからジャガーさんと続いたうすた先生は確かに天才でした。

この当時のジャンプは、ちゃんと購入して購読をしていたはずですが、ワンピース、今見るとめちゃくちゃ面白いですね。

ストーリーもしっかり練っているし、構図っも上手いし、絵も上手い。現在50周年のジャンプにおいて、連載20年続いている看板作品なだけあります。でも、当時のジャンプにおいては、「平均レベル」でした。それは、今でも変わらない評価です。

私はワンピース嫌いを公言していますが、なぜワンピースを許さないかと言うと、今まで続いてきた、「ストーリーに工夫をする」という文化を破壊したからなんですよね。

これは、手塚先生から、藤子先生の時代に引き継がれて伝統となった、「マンガとは物語からの出発である」という文化を破壊したからだと思っているんです。

過去のジャンプは、大なり・小なり、やぶれかぶれでも、くだらなくても、1話完結、もしくはシリーズ通じてそれなりの起承転結のストーリーを盛り込んできたんですが、ワンピースは、途中からそれを怠り始めた。

最初はそれなりに感動させたり、胸を躍らせたりするようなシーンを意識していたはずなのに、いつからか、ただキャラを複数登場させればOK。という風潮を生み出した。

そして複数のキャラの設定やキャラわけもままならないまま、ストーリーと関係しない口調だったり、必殺技を連呼するだけで、なぜ逆転勝利できたかの説明もない、複数のキャラの個性を描き出せないままでもOK。と、いう昔からの漫画家ならとても許容できない内容をOKとしてしまったことが罪だと思っているんです。

個人の作風としてはOKですが、業界のオピニオンリーダーがしてしまったら、じゃあ私もそうしよう。と、いう感じで業界全体のハードルが下がってしまいます。(※私がしょこらさんを表では評価しないのはそういう理由です)

もちろん、ジャンプは読者至上主義なので、それを許してしまった私たちがいけないのですが、ジョジョを他紙に移籍させてしまったり、NARUTOよりもワンピースを優先させることになった風潮にはとても同意できないです。

そして、このころからジャンプは、一度ヒットした作品を、アニメ化するメディアミックスという手法を「強引」に多用するとともに、新しい作品を連載させるよりは、一度ヒットした作品を引き延ばす。と、いう方針を取ることにより、過去には最大のチャレンジャーだった自分を自分で殺す。という、愚策を行い始めていくのでした。。。



最後、暗い。\(^o^)/

次回、気が向いたら、00年代から10年代のジャンプと、マガジンについて比較しながら語ったり語らないかもしれません。\(^o^)/
さて、前回メンバーの紹介をしたが、あなたなら、600人近くいる生徒を、誰にどのように振り分けるだろうか?

担任の分け方は、さまざまあるが、まず最初にやることとしては、「一番手のかからない生徒」を、「一番能力の低い人間に振る」と、いうのがセオリーである。

今回のケースだと、まずは高校3年生を基本的にヤセガワさんに割り当てていった。受験業界において、もっとも扱いやすいのは、受験生である。1年以内に「受験をする」と、いう明確な目標があるので、先方のニーズを把握しやすく、よほどのことが無い限り他界(転塾)しない。

これは、全体のバランスを見た上でもセオリーの割り振りだし、働く方を守る。と、いう意味でもセオリーの割り振りである。

顧客ファーストになりがちなサービス業だが、当然、従業員にも「やりがい」を感じさせなければならない。意識の低いブラック企業だと、自分が修羅場を潜り抜けてきたから、新卒にも同じように修羅場を潜らせて成長させようとするのだが、当然ながら、そのやり方をする限り、一定の割合で人は辞めてしまう。

誰にだって、どんな仕事にだって、「やりがい」というものはあるはずなので、まずはそれを感じさせて、この仕事を「楽しい」と感じさせなければならない。

教育業界では、根本の想いとして、「人助けをしたい」という気持ちを誰もが持っており、それを自分の手で達成できた。と、実感させることが肝心なのだ。だから、癖が無くておとなしい手がかからない生徒や、愛想がよく所属意識が高くこちらが嬉しくなるほど、喜んでくれる生徒をバンバン振る。いわゆる「癒しのお客さん」というやつだ。


コンカフェ業界も同じように、最初は憧れで入ったはずなのに、実際に顧客についてみると、あまりの気持ち悪さ?と、労力に辞めてしまうケースもあるが、それは、割り振りのちょっとした工夫で替えられるのに、いったいどれだけの人材をロスさせてるのかと見ていて思う。


しかし、この考えは、セオリーとはいえ、割り振るほうとしては、少し気が引ける。なぜなら、本当ならば、もっと相性の合う担任がいるはずなのに、「文句を言わなそうだから」とか、「おとなしいから」とか、そういう理由でより良い担任が割り振られないからだ。

これは、その後の授業の時間帯変更や、何か困った時のお願いごととして、頻繁にお願いされる生徒というのは、実在する。

逆にすぐに他界(転塾)しそうな生徒や、小さなことで文句を言う生徒や保護者というのは、他の生徒より特別扱いされ、手厚い待遇を受けるケースもある。

同じお金を払っているにも関わらず(むしろ厄介の方が少ない場合もある)、行儀よく振る舞っているほうが損をするというのは、おかしなことではないだろうかと思うが、資本主義を突き詰めるとこういった矛盾が生じることはしょっちゅうだ。

アイドル現場のオタクも同じである。ずっとそのアイドルを推し続けて、けなげに、一途に推しているオタクよりも、アイドルは、新規に引きこめそうなオタクや他界しそうなオタクに注力してしまうケースをよく見かける。

正直者が馬鹿を見る。と、いうやつだ。

今ではそういうことは絶対にしない。と、心に誓ったが、あの頃の自分の頭では、「おかしいな」と、思ったことを行動に移せるほどの余裕もチカラもなく、まだまだ会社や社会と言った大きな見えない何かに巻き込まれたまま仕事を進めることしかできなかった。
授業の割り振りが終わると最後は、各生徒の「担任」を割り振ることとなる。担任とは、単純にその顧客の窓口担当で、時間割の変更や増減、進路指導、講習促進など多岐にわたる。まぁ、言ってしまえばその顧客のナンデモ屋だ。

約600人近い生徒を3人のチームでどう割り振るか。これもまた、顧客の満足度を上げるために重要な作業となる。

当時の私以外のメンバーは、入社2年目のサクラさん、入社1年目のヤセガワさんというフレッシュ感極まりないメンバーだった。そもそも、管轄する私だって入社3年目なのだから、贅沢なんて言ってられない。平均3年前後でやめてしまうベンチャーなのだから、年次数は二の次で、「人がいる」というだけで有り難い現状だったのだ。

サクラさんは、入社2年目ではあったが、一度高卒で社会人となり、必要性を感じて大学に再度入りなおしたという豪傑だった。偏差値35からの中央大学合格と言っていたが、ベンチャーでよくある成り上がり物語の見本みたいな人だった。

ストレートの入社ではないので、年齢的には新卒よりは少し上で、やはり社会人の意識も高かった。実際に対面したのは名古屋が初めてだったが、その名前は、会う前から知っていて、全国共通の掲示板で1年目にも関わらず堂々と書き込む姿勢が社内では有名になっていた。

人懐っこく、愛くるしい笑顔とは裏腹に、「1番」という数字に執着するタイプで、初めての説明会担当にも関わらず、自分にどんどん振ってくれ。と、校長に直訴するほど精神力と行動力があった。普通、説明会は、結果を出した人から順に割り振られるので、担当1年目はどうしても出番が少なくなる。1軍に上がっても、最初はスタメンで出場できないプロ野球なんかと同じ仕組みだ。

そこで平然と「他の人より私の方が断然結果を出せます」と、言いきれるのだから恐ろしいメンタルの強さだ。そして、実際に結果を「出した」のだから彼女はホンモノである。70%ですごいと言われる入会率で、彼女は90%の数字をたたき出していた。

彼女は、人の気持ちに共感し、感情を揺さぶる。と、いう点には長けていたが、論理的・客観的に物事を俯瞰する。と、言う点では、苦手だった。前回話した時間割組を任せると、普通は1~2%のミスが、10~20%くらい起こってしまうし、金額のミスもたびたびあった。仕事を任せる方としてはひやひやである。一長一短のとんがったタイプで、一緒に働くには、人を選ぶタイプではあるだろう。しかし、名古屋での成功は彼女の協力なしにはあり得なかったので今でも彼女には感謝をしている。


もう一人のメンバーは、ヤセガワさんだった。こちらは純新卒でピカピカの22歳。背が高くぬぼ~っとしたいでたちで、いかにも人が良さそうな柔和な顔をしている。優しそうという雰囲気がある一方、生徒を合格に導くためには、「頼りない」という雰囲気も出ており、彼をいかにして頼もしくしていくかが私の仕事だった。

彼については、なかなか面白いエピソードがある。初めての社会人で、縁もゆかりもない土地へ飛ばされたのだから、彼のプライベートもある程度は充実しているのかな?と、定期的に、「どう?最近何か面白いことは
あった?」とか、「最近悲しかったことはある?」みたいなテンプレの話題を振るのだが、ある日彼から帰ってきた答えが、「先日、実はカツアゲにあいまして・・・」の答えだったのだ。

え?社会人になってカツアゲにあう?と、普通の人なら驚くだろうが、それを実現してしまうのが、ヤセガワさんの人柄なのだ。

しかも、「いくらくらい取られたの?」聞くと、「2万円取られました。でも、本当は2万5千円くらい持ってたけど、かわいそうだから、5千円は見逃してやる。と、言われました」と、いうエピソード付きなのだから、カツアゲした本人もヤセガワさんの人柄を認めた?のだろう。


同じようなエピソードで言えば、高卒生担当のアスムラさんのエピソードも強烈だ。

彼もある日名古屋の駅前を歩いていて、通りすがりの人から「福岡から電車を乗り継いで知人に会いに来たのですが、財布を落としてお金が足りなくなってしまいました。1000円で良いので貸してくれませんか?」と言われて、「困ってるなら1万円貸しますよ」と、言って、1万円を渡したというエピソード持ちの人間だ。

馬鹿なの?と、普通の人なら思うだろうが、アスムラさんについては京都大学の院卒だし、ヤセガワさんについても、中央大学卒のTOEIC980点という、無駄すぎる能力の持ち主である。

最近はやりの安全漫才のミヤゾン並みの人の良さ?だが、私が所属していた2社目の会社は、なんだかんだで「人が良い」人が集まった素敵な会社だった。今でも在籍していたことを誇らしく思う会社である。

なんとも疑わしい日々が続く、分断化しつつある現代においては、あの頃の話は夢のような理想郷にも思えてくる。あの会社は、今も理想を達成し続けているのだろうか?


話は少しそれてしまったが、与えられたメンバーで、最大の成果を出すためにローズの担任割り振りは続いていく。
教育業界において、集客の3月が終わると、次は授業準備の4月が始まる。授業準備は、何をすることかというと簡単に言えば、事前に抑えていた講師のスケジュールと、受講希望の生徒の時間割をマッチングすることである。

例えば月・水・金しか通えない生徒には、月曜に英語、水曜に数学という感じで割り振りをする。そしてさらにそこで割り振った生徒の人数に応じて、教室を割り当てる。

ここでやってはいけないことは、月・水・金しか通えない生徒に、「木曜」の授業を割り当てたり、英語と数学を希望している生徒に「化学」を割り当てたりすることなのだが、正直そこは気を付けていればそんなに難しいことではない。(ただし500人レベルでやっていれば、どうしても1~2件は生まれてしまうが)


ここから、他と「差」を生み出すためにどうするかというと、「どちらでも良い」組み合わせを、「明確な意図」をもって「偏らせる」ことにある。目の前の作業を「埋める」だけなら誰でもできる。いかにして「結果」を出すために「アクション」するかが仕事ができる人とできない人の超えられない壁だろう。

例えば、英語であれば、レベル別に「上級」「中級」「初級」とある程度は分けられているのだが、そこから、外部にはわからないが内部的には、「中級1」「中級2」「中級3」という風に勝手にレベル分けをする。

「線引き」というのは、本当に難しいものである。例えば、「○○高校」という括りで見ても、上位層と下位層では、実際にはかなりの差がある。同じように、こちらの杓子定規な診断テストを受けて一定のラインを作っても、結局中級の上位と下位では、まったくレベルが違うのだ。

また、当日のテストの調子によって、たまたまいい点が取れるかもしれないし、悪い点になってしまったかもしれない。さらに、本人のポテンシャルは高いけど、自分で復習をしてないから点が悪いだけのケースだったり、そもそも理解ができなくて、本番でも点を取れないケースかもしれない。

生徒のレベルだけでなく、講師や周りの生徒との相性を重視する場合もある。おとなしめな生徒だから、東進の「いまでしょ!」みたいな派手な先生よりは、地味にコツコツやる先生の方が合うかな?と、割り振ってみたり、高1くらいだと、男子・女子の性別で分けたほうが集団として雰囲気が良くなるので、やんちゃなクラスと真面目なクラスでまとめてみたり。

先生側も、ある程度指導する集団の属性がわかっているほうが指導をしやすい。こうした細かい地ならしを行っておかないと、生徒が満足をせずにやめてしまうこともあるし、働く先生もやりづらさを感じて他の予備校に移られてしまう可能性もある。


そういったいくつもの複雑な背景をもとにして、独自の基準で割り振りを進めていく。そんなにいくつものファクターをどうやって処理するのか?と、言われれば、それこそ「職人の勘」だとしか言いようがない。

今、流行のAIに、すべての振り分け要素を入れれば自動化させることも可能だが、今の技術レベルでは、まだまだ実現するのは難しいだろう。

そして何より、この作業をするのに必要なのが、自分の目と耳で聞いた現場の情報だ。

常に生徒の満足度を確認し、それを現場の先生にフィードバックする。また、先生からの情報をもとに、相性が良くなさそうな生徒を別の時間帯に移動をさせたりする。

私自身は、授業をすることはないが、生徒のニーズと実際にある商品(授業)をマッチングさせ続けることがマネージメントの仕事だと思っている。

コンカフェ・地下アイドル業界も本来はこうした顧客とメイドを調整する仕事が存在しても良いとは思うのだが、昨今は、働かない管理職層・コスト削減による管理職層の削減により、不幸なマッチングを多々見受けることにかなりやきもきする。

正直私に任せてもらえば、どこのコンカフェでも一瞬で売り上げ昨対120%くらいにはできるのに。

現場は現場で素晴らしい仕事であるのだが、本来、その現場を支えるバックヤード層の仕事が、もう少し評価(もしくは正しく行われる)されることが、これからの日本の発展のひとつのファクターだと思うのは私だけだろうか?
繁忙期の楽しみといえば、いや、繁忙期に限らず地方へ転勤となった人間の楽しみといえば、外食だった。

私が社会人になってから、一人暮らしの際には、外食率がほぼ99%となるのだが、名古屋での食事で一番の思い出といえば、満珍軒のたまごとじラーメンだろう。

今となっては秘密の県民ショーで紹介されたためか、大混雑でなかなか入れなくなってしまったのだが、東京にも博多にも札幌にもない、名古屋だけのオンリーワンの味がそこにはあった。

仕事後の食事となると、ほぼほぼ24時を回っているので、おのずと食事ができる店は、居酒屋かラーメン屋か中華屋となる。

そんな中で満珍軒は、ラーメンだけでなく安価で長居できる中華料理屋としても機能しており、かつ自分の住まいのすぐ近くだったので、ひとりでも、後輩を誘ってもヘビーローテーションをしていたお店だった。


他にも名古屋ならではといえば、チェーン店になるが、「あみやき亭」という焼肉屋にも頻繁に通っていた。どれだけ注文しても3000円もあれば正直おなかがいっぱいになる。大食漢の私でそうなのだから、普通の女性であれば、2000円も出せば十分だ。肉といえば大阪のイメージが世間ではあるかもしれないが、名古屋もどうしてなかなか価格に見合った肉を出す県であった。

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繁忙期中にはあまり行けなかったが、その後は昼食として、名古屋駅地下の「エスカ」という飲食街で名古屋メシを楽しんだ。

エスカの飲食店はおそらく50店近くあり、そのすべてをほぼ制覇しているが、駅地下の飲食街としては、クオリティが高いお店がそろっておりオススメである。

しかし、あえて欠点を上げるなら、名古屋メシは、価格が高い。

味噌カツで有名な矢場とんも、普通に食べたら2000円近くするし、味噌煮込みうどんも名古屋コーチン入りにすると、2000円くらいの価格になる。ひつまぶしに至っては3000円近くになるだろう。

もちろん(味は濃いのを除いたら)料理としては、相当美味しいのであるが、観光などで訪れた人でない限り、名古屋メシを日常のごはんにするのは難しい。あえて言えば、安価で食べれるきしめんくらいだろうか?新幹線口のきしめん屋が美味しいのは有名だが、街中に行けばもっと美味しいお店が点在している。(※唯一不満なのが、富士そばみたいに深夜も食べれるお店が無いところ)

名古屋駅西口のエスカは、庶民的・THE定番といった感じの飲食街だが、反対側のミッドランドスクエアまで足を延ばすと、オシャレなお店も増えてくる。

今となっては、笑い話だが、当時はあまり知識が無かったので、ふらっと入ったお店でチョコレートパフェを頼んだら、1650円くらいして、ずいぶんたけーなー。なんて、思っていたのだが、今思い返したら、ピエールマルコリーニという、有名なチョコレートショップのカフェだった。


仕事をまったくせず、35歳になってしまったために、もはやNEETという肩書すら失った今、貧困にあえぎながらあのころを思い返せば、なかなか異常な生活だったなー。と、思う。

大阪と違って、給料もだいぶ入って余裕が出てきたので、昼に気まぐれで名古屋メシを食べ、パフェを喰らい、夜は後輩を連れて飲み歩き、もちろん後輩に金を出させるわけにはいかないので、自分が金を多めに出す。エンゲル係数が高すぎる。

しかし、お金に余裕があるのであれば、食べ物には、お金をかけるべきであり、それは外食の方が効率が良いだろう。

よく外食ばかりして体に悪いよ。と、言われるが、下手にスーパーの粗悪な食材を食べるよりは、きちんとした食材を使ったお店での外食のほうがよほど健康にいいはずだ。外食=健康に悪い。と、いう固定概念の方が危険である。

結局自分の肉体を維持しているのは、摂取している食物で構成されているので、食事は何より大切にするべきだろう。良いものを食べるとやはり体調がよくなるし、精神面でも安定をする。そういう意味では、高いお金を支払うのに、健康を維持してくれないどころか、時間とカネまで奪うコンカフェやアイドルが自作の料理を強要するのは愛が無いと思う。昨今の加速する手料理ブームに辟易しているのは私だけなのだろうか?やるならしっかりとファンをいたわってほしいものだが・・・。

こうして、多忙な時期も、高価な食物のエネルギーと、金で世間をひっぱたいてストレス発散するという荒業によってセルフコントロールをしたローズは、最後の追い込みの4月を乗り切ろうと向かっていく。
2011年といえば、地上デジタル放送に完全に切り替わった年だ。今までは、一方通行的なコミュニケーションでしかなかったテレビというメディアだが、地デジにより双方向のやり取りが可能になった。テレビ業界は新しい表現の可能性があるのではないか。と、この時には、まだ様々な期待が寄せられていた。

私が持っていたテレビは、旧型の分厚いテレビだったので、2011年を境にテレビはビデオを再生し、ゲームに使用するだけの世間からは切り離された、ただの箱になった。

仕事とメイドに熱中していた私には、テレビはもはや別世界の話であり、人生の主役はすでに「箱の中の誰か」ではなく「自分」だったので、テレビを見なくても特に困らなかった。


2011年の地デジ切り替えとともに印象に残っているのは、この年からのスマホデビューだった。初めてのスマホは、アイフォンではなくて、アンドロイドだった。使ってみた率直な感想は、、、遅い。だった。

普段からパソコンを使い慣れていた私は、インターフェース的に美しさを感じないし、単純に使いにくかった。そして電池の消耗も激しく、当時はネットを適度に利用していたら2~3時間であっという間に電池が無くなってしまったのを覚えている。しかも、ガラケーに比べて画面がでかく、分厚く、折りたためないので持ち運びも不便だった。

話題になっていた?アプリやゲーム的なものも試してみたが、なぜそれをわざわざしなくてはいけないか?と、思うほどのくそげーとクソアプリみたいなもののオンパレードで、スマホに変えたことを若干後悔したくらいだ。

最近ではスマホも随分使いやすくなったと感じるが、確かに過去の時代の能力では、ガラケーが評価されるのも無理はないと感じる。

ところが、この後、機器の爆発的な発展やLINE・ツイッター・パズドラなどのキラーアプリ・コンテンツの流行とともに、スマホは日本国民全体に浸透していった。

最近では、元SMAPの3人が出演したアベマTVでは、1億近い視聴者数を稼ぎ出し、10年前には思い描くこともできなかった、テレビと携帯の逆転現象が起こっている。

かつては若者の文化の象徴であったフジテレビは、今では視聴率最下位近くの業績にあえぎ、とうとうめちゃいけ・みなさんのおかげですの終焉に加え、サザエさんの終了すら危ぶまれている。

テレビが過去から今日まで、「一方向のメディア」であればこの変遷も納得いくのだが、テレビも携帯も、機能的にはきっとさほど変わらないはずなのだ。

結局過去から進化してきたテクノロジーは、テクノロジーそのもので差がつく。と、いうよりは、そのテクノロジーをどう扱うのか?と、いう人間の心構えに、よるのだろう。

誰がテレビを殺したのか?

本当は、様々な可能性があったはずなのに、その可能性に目を背け、挑戦を忘れ、現状維持に走った業界そのものが、自分自身を殺したのだろう。


とはいえ、昭和というファンタジーの中で生まれ、平成というその残り火の輝きを見て「いつかはまた・・・」という気持ちで育ってきた世代としては、新しい文化に昔のような輝きやワクワク感を感じるかというと、そうではないので寂しい気持ちでいっぱいだ。


昔に比べて、テレビも、スマートホンも、本当に薄くなったと感心している。しかし、薄くなってしまったのは、機械本体だけじゃなく、作り手や受け手の気持ちすらも薄くなってしまったのかもしれない。

苦しみや悲しみが無い日常というのも悪くないが、熱が無い日常に寂しさを感じるのは私だけだろうか?人間の生き方は、スマートだけが正解ではないだろに・・・。


この前の晩御飯。\(^o^)/

めっちゃ豪華なおかずで、これは何杯でもご飯食べられちゃうなー。\(^o^)/

Twitterでよく見かける風景なので真似してみたかったんだけど、本来これが正しい使い方なんじゃないの?\(^o^)/

アイドルと一緒に食べる。
じゃなくて、
アイドルを私たちは食べたいんじゃないでしょーか?\(^o^)/



はぁ、白米・・・。
まだまだこれからやぞ。\(^o^)/



と、いうことで久々のどーでも良い回。\(^o^)/

アイドル関係のことを批判まじりでたらたらとつぶやくよ。\(^o^)/




最近、写真の本を買ってみましたが、ここにお通いの方は、ほとんど知っていることばかりなので、データとしてもさほど面白みはないですねー。

「一般人」の人が見たらそこそこ勉強にはなりますが、時代の先端を生きている私たちにはすでに過去の話です。\(^o^)/


ただ、前書きとあとがきだけは抜群に面白かったです。

なぜかその一番面白いところが公開されているので、興味がある方も無い方も、ぜひ一度読んでみてください。

この業界で生きている人は、読んで損はないはずです。
カレー曜日。と、いう言葉がある。

これは、主に海上で生活をしている海軍の人間たちが、変わらない景色の中でも、曜日を把握しやすいように毎週金曜日にカレーを出していたことから広まった言葉らしい。

同じように、毎日休みなく働いていると、曜日の感覚がなくなってくるのだが、私は毎週月曜日に販売されるジャンプを目安に、1週間を感じていた。

忙しさのバロメータは、次のジャンプが発売されるまでに、すでに発売されたジャンプをすべて読み切れるかどうかで判別できる。

少し冗談めいた話だが、本当に忙しくて追い込まれると、あれだけ好きだったジャンプをすべて読むことができず、次のジャンプが発売されてしまうのだ。

1週積みならまだいい。それがさらに重なり2週・3週と積み重なると、もはや毎日ジャンプが発売してるのでないかという錯覚に陥り、まるで働いても働いてもタスクが積み重なるテトリスのような気分になるのだ。

ゲームオーバーギリギリのところで、次に見えるテトリスのブロックを執念で回し続け、奇跡としか言いようのない運営は、自分で言うのもなんだが神業としか思えない。

誰もほめてくれないので、自分を自分で褒め続けるメンタル力も、社会人として必須の能力だろう。

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名古屋の繁忙期の生活は、おおよそ2時から5時の間に帰宅して、10時に出社するという生活だった。

新人に研修してほしかったら、通常業務が終わるのが、24時過ぎになるんだから、25時からでいいか?などと言っていたのだから、今思えば、完全にイカレた会社であり、キチガイの上司だっただろうな。と、思う。

28時まで研修に付き合うのも、愛情といえば愛情ではあるが…。


そんな一般世間から外れた生活も、会社から自宅まで自転車で約10分の家に住んでいたからこそ、成り立った。

名古屋駅前からそんな距離で住んだら、家賃が高いだろう。と、思うかもしれないが、名古屋は西口になると、途端に地価が安くなる。

新幹線が止まる駅でも、自転車で10分も行けば、ほぼほぼド田舎であり、地価が異常に安いのだ。

大阪の時には狭い部屋に住んでいたのだが、何を思ったのか、名古屋に引っ越した時に、大きな部屋を借りてしまった。

名古屋での住まいは、4畳近いベランダが最大の特徴であり、暇があったら、ベランダにデッキチェアでも置いて、漫画を読みながら日光浴でもしよう。と、ひそかに思っていた野望は、結局実現することが無かった。

40㎡ないくらいで、家賃6万円だったろうか?部屋の広さだけじゃなく、部屋のきれいさもかなりのもので、どちらかというと、女性の方が住人として多かったのも印象的だった。

結局、ほとんど会社かメイド喫茶にいるだけだし、おまけに一度も誰も部屋に上がらせなかった部屋だが、体力の回復にはそれなりに効果があったらしく、ローズの繁忙期は、3月になっても終わりを見せず、4月へと続いていく。。。

説明会をしていると、急に目の前がぐにゃ~っと、大きく歪みだし、頭がクラクラとしだした。気分が少し悪くなり、このままさらに歪みが加速すれば、大きく時空を超えてしまうのではないか?と、いう初めての感覚だった。

もしもアニメや漫画に出てくるタイムスリップというものがあればこんな感じなのだろう。

初めは、あまりに連日の勤務で疲れているのかな?と、思ったが、それが東日本大震災だと知ったのは、勤務後のことだった。

社内メールで、関東の人間は、今すぐ水を確保しなさい。帰れる人は帰宅するように。などの指示を見て、「へー。大変だなー。」などと、思いながらも仕事をしていたので、今思えば病んでいたのかもしれない。

それどころか、その日の帰り道、駅前の豚骨ラーメン屋で街が燃えさかる様子をテレビで見ながらも、さしてリアリティを感じなかった。

茨城県の実家に連絡をすることもなかったし、明日も仕事をするのが普通だと思っていたから、今思えば異常である。

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説明会を朝から担当するのと同時に、運営面でもかなりの業務を担当していたこの時期は、毎日が心底しんどかった。

売上が大阪よりもかなり良い名古屋では、この時期の金庫には2000万くらいの現金が溜まっていた。

純粋にそれを閉店時に数えるだけでしんどい。自分で明日までに120万円持ってきてね。と、言いながらも、実際に持ってこられると、なんてことだ・・・。と、少々うんざりする。

もちろん現金がそんなにあるのは危険なので、毎日銀行に預けに行くのだが、そんなに大金を持って街を歩くだけで怖すぎるし、毎日の忙しさを考えみると、いっそのこと、2000万円をもってどこか遠くへ行ってしまおうかという気持ちにもなる。

管理するのは現金だけではない。もちろん入学した生徒の分だけテキストも発注しなくてはいけないので、10や20の単位ではなく、100や200という単位で発注し、間違いなく生徒の手元に届けなくてはいけない。
22:00が就業時間だが、どんなに早くても24:00より前に帰れることはなかった。

そして、そこからさらに大変になるのが、新人へのフィードバックなどの研修である。

もしも、自分一人で仕事をしていたなら、おそらく24:00には帰れていたと思うが、自分ができる仕事を自分より速度も精度も低い新人に任せなくてはいけない。

当たり前だが、任せた仕事は、一定時間が経つとブーメランのように「確認してください。」の言葉とともに戻ってくる。

しかしながら、「この確認してください。」と出された提出物を、本当に確認してくれる上司が世の中にどれくらいの割合でいるだろうか?

世間の平均など推しはかりようもないだろうが、おそらく半分くらいの人間は、確認せずにそのまま上にあげて、ミスがあったら、なんでちゃんとやらなかった。と、部下をしかりつけるような管理職がほとんどだろう。

私は個人的には、こういう人間になりたくなかったし、幸運にもそういう上司の元で働いたことが無かったので、確認は一から十まで確認したし、さらにはその内容も丁寧に本人にフィードバックをしていた。

つまり、ひとりでやればそれだけで済む仕事を、わざわざ人にやらせて、それを再度やり直しをするので、人にやらせるだけ、仕事が増えているのである。


最近は他人からの評価や指摘が喜ばれない時代になった気がするが、評価や指摘というものは、愛情以外の何物でもないのである。

まさに、愛情の反対は無関心という言葉があるが、愛情を注ぐのも容易ではないことをしった時期だった。
3回目の説明会担当のシーズン。今年こそは昨年達成できなかった、入会率70%・入会数100人が目標だった。

入会数=説明会担当数×入会率なので、どちらかの率を高めるしかない。ローズの営業戦略は、質を高めるよりは、数をこなすほうなので、とにかく説明会の数を多くすることに努めた。

現役生担当に戻ったので、出勤は13:00~22:00のシフトなのだが、自発的に朝10:00に出勤して、朝早く訪れる顧客を狙っていった。

先に結論を言ってしまうと、この年は、入会者数120人・入会率69%で、惜しくもダブル達成はできなかったが、おそらく校長を除一般職では、最多数に近い入会者を達成できたのではないかと思う。


名古屋という市場は、正直、めちゃくちゃ商売をしやすい土地柄である。まず、トヨタというグローバル企業があるので、そこから発生する末端の中小企業までの潤いが半端ない。名古屋のコンカフェが押しなべて高額なのに流行っていることもうなづける。

また、トヨタという城下町のせいか、上から言われたことを素直に従う癖を持っているような気がする。

お上のやることに間違いない、言われたことは素直に従うべきだ。と、いう風土があるのか、こちらの言うことをすんなり受け入れてくれるので逆にこちらが驚く。


当時の会社は変わっていて、個人の成績どころか各事業所(校舎)別の数字すら身内に公表されていないので、およその噂話でしかないのだが、名古屋は他の地域と比べて入会率が高い様だ。

最初に述べたように、修羅の国大阪と違い、クレームも少ないし、まさにウルトライージーモードの環境なのである。

個人的には、追い風参考記録的なイメージではあるのだが、とにかく自分のキャリアハイとなる記録を出せたことは一安心できた。


ところが、名古屋での苦労は、営業的な側面よりも、むしろ運営面だった。

当たり前だが、教育業は、入れた終わりの売り切り型のサービスではなく、入れることがスタートであり、入れれば入れるほど管理のコストが上がっていく。

しかも、教育・育成面を考えると、今度は自分がすべてやればいいのではなく、自分ができることを、わざわざ自分以下の人間にやらせなければいけないという、初めての感覚に立ち向かわなければなかった。
初めての主任ということで無駄に力が入っていたこともあったかもしれない。しかし、それを差し引いても名古屋校のスタッフのゆるさは目についた。

コンカフェ界隈で私と接した人で、ローズは厳しすぎる。と、いう声を聴くこともあるが、正直、対面でもメールでもブログ上でも、私はいつも最大限に気を使って女の子とは接している。

限りなくわかりやすい表現を使用し、バックボーンが無くてもわかるような表記をし、注釈が必要であれば解説し、悪いところを指摘した後はその3倍褒めるように気を使っている。

職場でのローズを知っている人が見たらびっくりするくらいのやさしさだろう。当時のローズの口癖は、「なんで?」「理由は?」「次、同じことやったらやったら殺すぞ」であった。今であれば確実にパワハラ認定である。

理不尽なことや無茶なことを押し付けたりはしないが、その人ができる。と、お互いコミットしあった仕事については、容赦がなかった。

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マネジメント職でやりがちな失敗が、その現場の文化を理解しないままに、自分の経験を押し付けることである。

苦しい経験でたたき上げで育ってきた人間は、他の人間も同じように苦しい思いをすることが彼らのためだと思い込み、同じことを無意識に強要してしまう。

「そのままじゃ生徒が増えたら回らないよ」と、いう私の言葉は彼らには届かない。なぜなら、今は生徒が多くないし、そもそも今のやり方で回ってきた。ことを、まぎれもない事実なので、起きてもいない未来を想像する必然性が理解できないからだ。


一言で言えば名古屋初日の失敗は、そこにあった。

私もアホではないので、初日から「お前仕事なめてんのか殺すぞ」的なニュアンスは出さずに、「これはこうでこうだから、そのほうが効率的じゃないですか?」と、提案をしたつもりだが、初日にローズは3人のアルバイトさんを泣かせていたらしい。

翌日に校舎長から呼び出され、優しくそっとまずは様子を見るように諭された。

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人が違えば文化が変わる。
場所が違えば背景も変わる。

社会経験が乏しく、人間関係をまともに築いてこなかったローズは、29にもなる年齢になって、初めて地域差や個人差というものを理解した。

意気揚々と名古屋に乗り込み、華々しい成果を上げるはずだった、たかだか民間経験2年弱の29歳のコミュ障は、早くもその勘違いした鼻っ柱をへし折られた。

しかし、ここで今でもすごい。と、思うのが、私の性格を知り尽くし、君の考えは悪くない。僕は君の考えを最後まで味方するよ。と、いう意思表明をしてくれた赤木校長の人柄だった。

さすがに毎年校舎長を輩出しているキングメーカーの育成術は、今でも迷ったときに真似をしているくらい私の血となり骨となった貴重な1年だった。

その後も名古屋で上手くやれたのは、今でも尊敬する赤木さんのサポート以外になく、心から感謝している。


こうして気持ちを取り戻したローズは、主任として、3回目の繁忙期へと挑んでいく。
魅力のない街ナンバーワンに選ばれる名古屋。近年は、レゴランドのオープンで少し話題になってはいるが、名古屋に来たことが無い周りの人間は、いったいどう思っているのだろか?

東京・大阪に次ぐ第3の都市?味噌カツ・エビフライ・モーニングなど名物が多い街?トヨタの城下町で名古屋走りに代表されるような車社会の気性の荒い街?

私が見た名古屋という国については、この連載の中で少しずつ解き明かしていくが、少なくとも名古屋は、私の職場では、重要な戦略地であり、2社目の職場としてはキャリアハイを達成できた、思い出深い土地だった。

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出世コース。と、いう言葉があるように、私がいた会社でも、校舎長を多く輩出する校舎が存在した。

出世コースの意味合いについては、業界やその会社によって意味合いが変わってくるのだろうが、やはり営業職という意味合いでは、結果が出やすい環境。と、いうのが、出世をする意味では大きな要素を占めているようだった。

そういう意味では、名古屋は市場としてはかなり恵まれた環境である。当時の名古屋校は、全国で2番目の現役生の在籍数であった。1番は、横浜校。その前は、町田が1位だったのだが、私が2年前に在籍していた町田の校舎長だったH部長が横浜に異動をしてから、横浜が1位になっていた。

それまでいまいちだった横浜が、町田を抜いて全国で1位になったのだから、やはり商圏以外にもそこを管轄する人のマネージメント能力で結果は変わるのだと思う。

そういう意味では、名古屋も在籍数は多かったが、まだまだポテンシャルを秘めた土地だった。私に異動を促した理由としては、在籍数の向上とともに、講習の受講率をアップさせたかったようだ。

名古屋からは、2年連続で現役生コースの主担当が校長としてキャリアアップをしており、当然ながら、私もそろそろ上の段階を目指さなくてはいけないと思い、気合いを入れて名古屋に向かっていった。

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なんばでの高校生の在籍数の約3倍を持つ名古屋校では、売り上げも3倍に膨れ上がる。
卒業生よりは単価は下がるものの、それでも700人近い生徒からは、毎年3億から4億円の売り上げを達成する。

なんばの時にも、実質主任として業務を担当してはいたが、校舎長が形式的に主担当をしていたし、そもそも校舎長以外には、正社員としてのスタッフがいなかったので、アルバイトさんを除いては、ひとりで仕事をしていたようなものだった。

ところが、名古屋に異動してからは、2名の正社員を管轄することになった。それだけではない。大阪時代には、狭くて狭くて、まるでパズルのように教室の時間割を組み立てていた状態から、名古屋は、駅前10階建ての自社ビルで、潤沢なリソースの元、時間割を組めることになったのだ。

これは私にとっては、まるで天にも昇る気持ちだった。ずっとウルトラハードモードで仕事をしてきた中で、突然イージーモードに難易度がスイッチされたかのような心境だ。

大阪時代にずっとずっと欲しかった、ヒト・モノ・カネのうち、ヒト・モノを手に入れたローズは、今まで以上の大きな仕事に取り組んでいく。

ところが、結果が出ていない職場にはそれなりの理由があり、ローズは着任そうそう、大きな壁にぶち当たることとなる。


ハッピーハロウィーン\(^o^)/


最近ブログを頻繁に更新しまくっていますが、さすがに人間と話をしなさすぎていて、誰かと話したいので久々に日本橋に来てみましたよ。\(^o^)/

昼間に来ればメープルも暇だと思っていたのに、めっちゃ混雑していて笑ったんだけど。\(^o^)/

17時までにスイーツ約30食が売り切れるって、みんなスイーツ男子なの??\(^o^)/

・・・え?
なんなのみんな無職?\(^o^)/

いや、ごめん。
私も無職でした。\(^o^)/


なんだかハロウィンのイベントをしているらしく、おかえりした人は、当日出勤のメイドさんの良いところを具体的に褒めてツイートするか、もしくは、激辛の死神あられを食べるかっていうイベントをしていました。

トリックオアツイート?\(^o^)/


Twitterは最近、やらなくなりましたので、仕方がないので、ブログで書いてあげましょう。\(^o^)/

プロモーション効果抜群(だった)ローズ砲を無料でサービスしてもらえるのは、特別なんだからねっ。\(^o^)/


○ゆりちゃん

すごく良い!
抜群に良い!!

元アンダンテのメイドさん。
もともとそんなに話したことないのに、まず久々に顔を合わせたのに、私の名前をローズと知っているだけで素晴らしい。

知っているだけじゃなく、声に出して呼ぶのも素晴らしい。

なおかつ、ローズだけじゃなく、おかえりしたお客さんのほとんどを、名前を出して大きな声で迎え入れるのが素晴らしい。


しゃべりが上手い。
年上をころがすのが上手い。

なんであん様が定期的にメープルに呼んでるのかちょっと理解できました。


もともとアンダンテで人気があったメイドさんですが、メープルで働くようになってさらに才能が開花したと思いますね。

メープルは、店の広さが非常に適切。

大きすぎず、小さすぎず、お客さんとの距離感が適正で、働きやすい環境ですよね。
諸々使いやすい場所だと思うなー。。。


アンダンテは、お店としての雰囲気が素敵なところもあるんですが、お給仕のしやすさとしては、働きづらいところもあって、現ダンテで働いている人でも、もっとその才能活かせるのにな。と、思う人が多いんですけどね。


そしてゆりちゃんの素晴らしいところが、リアル20歳の若さはすごい。

経験や知識は後で身に付きますが、若さだけはどれだけ努力しても見につかないから、その希少価値は永遠の輝きを放ちますね。

見た目もオタクにウケそうなちょい大人しめの黒髪少女で、12月3日のお誕生日前後には、ぜひ成功させてほしいですね。


○キャサリンさん

笑い声がとっても可愛い。

ノリが良くて、お酒の付き合いも良くて、キャサリンさんがいるだけで抜群にその場が華やかに明るくなりますね。

アンダンテでのきっちりとしたお給仕ぶりも素晴らしいのですが、実はカウンターでお話を盛り上げるのも上手で本当にマルチな才能ぶりですね。

世の中でコンカフェに通っている人の中に、何人かはガチで?結婚相手を探している人も多いと思うのですが、キャサリンさんは、理想の結婚相手だと思うんですよね。

仕事もできるし、可愛いし、家事もできるし、せめて少しだけでも彼女と結婚?気分を味わうために家事代行を頼みたいですよね。

いや、実際には家が汚すぎて、家事代行を頼むための家事代行を頼まなくちゃいけないですけど。\(^o^)/

12月には毎年恒例の?クリスマスパーティーをやるみたいですね。

興味のある方は、ぜひ。\(^o^)/


○涙羽ちゃん

仕事ができる!!

こういう業界は、お話しすることがメインになって、ドリンク作ったり、お皿を下げたりをしないんですが、「しゃべりながら」働く姿勢は、今となっては珍しいですね。

お客さんに気を配る・キッチンに気を配る・周りの女の子に気を配る。

べったり話すのなんて簡単なんですよ。

適度に話して、適度に仕事してのつかずはなれずのバランス感覚は、一緒に働きたいメイドさんNO1ですよね。

ちなみに歌も普通に上手で、J鰤やライブにも出演していますので、機会がある方は、ぜひ一度リクエストしてみてください。\(^o^)/


○木下りこちゃん

今、一番推せるアイドル!!

一時期のオリジナル曲ブーム?も、ひと段落して、最近の地下アイドルさんが地下アイドルしてないように見えるのですが、その中でかなりストイックに活動しているように見えます。

地下アイドルという括りよりは、シンガーのほうが正しいのかもしれませんが、アイドルとシンガーの間のあいだの上手なポジションを不動の位置にしているのかな?と、思います。

本人いわく5kg太ったらしいですが、それでもこの細さは、あんちゃんのファンとは思えません。\(^o^)/

写真だけ見ると、その華麗さに現場では話しかけづらいのかな?と、思うのですが、実在するりこちゃんは、めちゃくちゃお話し上手で、お客さんの情報把握も上手です。

メイドさんとしても才能あるんですよね。

正直、私はアニメ系の歌が出来て、さらに歌唱力があって、ビジュアルを兼ね備えているりこちゃんは、東京でより魅力を発揮できると思うので、早く東京に進出してほしいのですが、本人も、東京に興味を持っているそうですね。

りこちゃんが定期的に東京行くなら投資したい。\(^o^)/

可憐さと人懐っこしさを兼ね備えたりこちゃんは、毎月1回、火曜日以外に主催をしています!りこちゃんセレクトの実力派シンガーそろいなので興味のある方はぜひ一度足を運んでみてください。\(^o^)/


○あんちゃん

たぶん、今現在ポンバシで一番安くて美味しい料理を出しているアイドル・・・衣食住メイド?\(^o^)/

誰もわからないかもしれないけど、美味しんぼやミスター味っ子を幼いころから呼んできた私にはわかる。\(^o^)/

あん様の料理の調味料は、異常。\(^o^)/

調味料に加えて、食材の良さが異常。\(^o^)/


他のアイドルとの食材の素質が、群を抜いている。\(^o^)/

そして食材の質だけじゃなくて、量すらも突き抜けている。\(^o^)/


加えて、何故か他のアイドルの料理の50~70%の値段で出している。\(^o^)/

素材の魔術師すぎる。\(^o^)/





みんなが薄々気づいているけど、なかなか言葉に出せないことを言ってしまうと、あん様推しの人は、みんなデブ。\(^o^)/

デブな人があん様を推すのか、あん様の推しをしている人がデブになるのかはわかりません。
鶏が先か、卵が先かみたいな。\(^o^)/


個人的には、もっと彼女の料理のおいしさとかに気づいてほしいけど、ほとんどの人が、ただ、量が多いだけで推してるような気がするんですけどね。\(^o^)/

例えば、メープルで出してる紅茶なんだけど、マリアージュフレール出してるとか頭おかしいだろ。\(^o^)/

コンカフェは、リプトンのティーバック出しとけよ。\(^o^)/



なんであん様にそんなにご飯の量を多くしたり、安くするの?って、聞いたことあるんですが、「私は他のアイドルさんと違って、メイドだから」って、答えが返ってきてるんですけど、根本としてのメイド像、、、間違ってない?\(^o^)/
※ちなみにメイドだけどオリジナル曲持ってます。



そりゃあね。
毎回、あんなにボリューミーな日替わりを30食仕込んだり、重ねてケーキを2ホール・3ホール焼いたりしたら、包丁ダコができるだろうし、月曜日は、一日中仕込みでつぶれてしまいますよ。

はっきり言って、非効率。
仮にメープルでそれなりにお客さんが来たとしても、
2日稼働したことを考えれば、1時間当たりの収入なんて、
きっと最低賃金以下になってしまうでしょうよ。\(^o^)/

ただね。
分断社会・個人主義と言われるこの時代。

メイド喫茶が昔、資本主義的じゃなく、社会主義的で、みんな仲良く、楽しくできていた、古き良き時代のメイドさんを守り続けてくれてるのは確かなので、これからもあん様をこっそり応援していきたいと思います。

勝つための効率的手法なんていくらでもわかるこの時代。

それでも、不器用に戦い続ける彼女を見つけてくれる人もいるでしょう。

良いものがあれば、必ず伝わる。
良いものがあれば、必ず認められる。

わかっていてもやれない。
昔はできたけど、今はできない。
ことが、できる価値があん様にはある。

なんでか知らないけど、最近は、あんカフェにしょこらさんや、きょんちゃんやきょうかちゃんまできているようで、遅咲きながら?むしろポンバシの先駆者なので本当は先輩なのですが、古き良きメイド文化と新しい価値観のアイドルさんと上手く融合して、これからも頑張ってね。

お体お大事に。\(^o^)/

これからいなくなってしまうから、特別扱いをされるというのが嫌で、転勤のことはいつもギリギリまで言わないのがローズのやり方だった。

今と違って、私はメイド喫茶内で目立つことを極力嫌っていたので、なるべく隅で背景のようにしていたかったからだ。

私自身が話す時間を、他のお客さんに振り分けてもらい、その場のお客さんが楽しんでくれることが私の楽しみだった。

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だからといって、本当におとなしくしているだけで満足ができているかというと、そうではないのが自分の厄介なところだった。

現場でほとんど話をしない分、ブログに自分の考えていることを異常なまでに書き綴っているし、それだけに飽き足らず、直接手紙を書いてメイドさんに渡すという愚行を行っていた。

今考えなおせば、普段ほとんど話もしない人間が、いきなりあんな長文を送り付けたら、ほとんどの人がびっくりするだろうし、怖いと思うのだが、そのギャップ?こそが、サプライズであり、本人が喜ぶだろうと思っていたのだから、とんだ勘違いである。

しかもそのリアクションを出す場を与えない。と、いう完全な安全地帯からの狙撃で、秘境極まりない行為と言えるだろう。


メイドさんがひとりひとり卒業をするのであれば、全員に個別で手紙を書くことができるのだが、自分が卒業するときにひとつ困ってしまうことが、自分対全メイドという圧倒的数的不利の状態であり、しかも当時の私はアンダンテと萌えしゃんどんの二股をしていたので、さすがに全メイドに個別メッセージを書くことができなかったので、各店舗あてに送ることにした。


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転勤による引っ越しの前後は、いつもどったんばったん大騒ぎで、本当に睡眠もままならないほどの忙しさである。

引っ越しをするからといって、もらえるお休みもなく、会社での同僚やアルバイトさんにも全員に手紙を書いたりサプライズをしたりして、かつ、各店舗に挨拶周りに行くのは、あまりにも複数タスクの同時並行すぎる。

それでもなんとか息も絶え絶えに、準備を終わらせて、サプライズ狙撃をしてやろうとお店を訪れると、そこには思いもしなかった逆サプライズが待っていた。


なんと、萌えしゃんどんでは、常連さんからのメッセージが集まった色紙をいただき、アンダンテに至っては、全メイド・執事さん+常連さんのメッセージ色紙をいただいたのだ。

なんとも幸せな話である。普通であれば、100万円以上のポイントを使って、ようやくもらえるような金額のプレゼントを無償でいただいてしまったのだから。

しかも、お店ではそんなに常連さんと絡んだりもしてないはずなのに、わざわざ私を仲間として迎え入れてくれたのだから。誰であれ、お店に通っているお客さんは、みんな仲間。この懐の広さこそが、当時のコンカフェの魅力だったと思う。


萌えしゃんどんでは最終日に、どのメイドさんもローズとの別れを惜しむ歌をうたってくれて、アンダンテでは、本当は火曜日がハンバーグの日だったのを、月曜日にロコモコ丼で出してくれた。

わがままにつぐわがままを聞いてくれただけじゃなく、色紙という宝物を手にしたローズは、ちょっとだけ転勤したことを後悔しつつ、新天地の名古屋へと向かっていった。


NEXT→私の主任時代~名古屋編~
異動が一度決まると、教育業に限らず営業職は、自分の担当の引き継ぎに大忙しとなる。

本来、私が担当をしていた卒業生(浪人生)は、継続をしない分野なので、引継ぎなど必要はないのだが、当時のなんばは、あまりの成長ぶりで人が足らず、卒業生担当のローズがなぜか高校生についても30人前後は担任として担当をしていた。

現役生の担当については、年度をまたぐときの「継続」というのが、最大のミッションとなる。

人事異動の話ではないが、顧客ももちろん、関係性や環境のリセットを常に狙っていて、3月から4月が一番、他界や推し変が多くなる季節となるのだ。

なので、ビジネス的には1月の下旬から2月までに、顧客との関係性のまき直しを目指す。

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このように書くと簡単そうに見えるのだが、実際は地獄の始まりである。

なぜなら、卒業生対応として、朝から出勤しているのに、高校生と実際に面談をできるのは、20:00から21:00となるからだ。

普通なら17:00には帰宅できるのに、20:00までもの間、いったい何をすればいいのだろうか?

答えは簡単。職場からもっとも近いメイド喫茶。萌えしゃんどんにおかえりすれば良いのだ。

実際は、継続面談のための事前準備などもあるので、おかえりできてもせいぜい1時間程度だったが、こういう感じでスキマ時間を調整できたのは、とても有り難いことだったと実感する。

多くの人は、コンカフェを出勤前か出勤後にしか利用しないと思うが、仕事の合間の気分転換にも、コンカフェは非常に効果的なのだ。

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自分自身が大阪での卒業が決まっている。と、目標?が明確になっているのも、また通っていてわりと気分よく通えていた。

おかしな話だが、日常的にだらだらとお店に通っていると、いつしか、このお帰りはいつまで続くのだろう?何を得られるのだろう?果たしてゴールとは・・・。と、いう気持ちになってしまうのだが、いつまでしか通えないから、今を精一杯楽しもう。と、思えると、さわやか?な気持ちでおかえりすることができる。

恋人と別れを切り出すときに、別れを言われるほうか、自分から言う方か。などという、ありがちな恋愛テーマがあるが、私は断然自分から言いだすほうだ。

基本的に主導権は、自分がグリップしていたい。それがどういう結末になるとしろ、結果は自分の意思でみたいのだ。

そして、それをなぜか地で行っていたのがローズである。普通は、いつ推しが卒業するか?という発表におびえて受け身ばかりのコンカフェ界隈だが、顧客からお店に卒業を言い渡す。と、いう逆宣言を何度も経験しているご主人様も珍しいだろう。


「他界詐欺」という言葉があるが、個人的には、こうしたことをしてしまう人の気持ちはわかる。

なぜなら、自分が卒業する。と、いう発言をしたときこそが、唯一自分の本当の評価を得られる時だからである。

しかし、この行為は基本的には得はない。なぜなら、、おおよその顧客は「本当に好かれている」なんてことはないので、そんなことを知ってしまったらその現場には通いづらくなるだけだし、もしも気遣って引き止めや上辺の行為を示してくれても、「こいつ面倒な奴」と女の子側の評価が下がるだけだからである。

お金を払って、お客様としてのちやほや行為を受けている以上、そこに「本当に好かれているかどうか」なんて考えなくてもいいじゃない。と、いうのが賢く人生を生きるコツなのだろうが、人間はそんなに賢くはないようなので、自ら修羅の道を突き進む。

私の場合は、本当に卒業をしなくてはいけないのであったが、果たしてローズの大阪での評価はどうだったのであろうか?
人と人の付き合いの積み重ねこそが、人が生きていくうえでの楽しみかもしれない。

人生は出会いと別れの連続だ。

生まれてから家族と出会い、学校に通っては友人と出会い、会社に入っては同僚と出会い、そしてやがてパートナーと結婚し、自分の子供と出会っていく。

人との出会いは、自分の生活圏に留まらない。

将棋や囲碁の趣味があればサロンに通い、アイドルやメイドさんが好きであればライブ会場やコンカフェに通い、そこで男性・女性問わず様々な出会いを広げていく。

近年の出会いは、現実の世界に留まらない。わざわざツイッターやインスタやフェイスブックを使い、ネット上でも多くの人との関わりを人は求めていく。

そう。人は結局人が好きなのだ。


ところが人との出会いは良いものばかりでもない。自分の価値観と合わない人間や、自分のことを利用目的で近づいてくる人、果ては自分に害を及ぼす人間まで、断ち切りたい出会いも当然ある。

自分の家族や地元の友人、もしくは地下アイドル現場で出会った共通の趣味の知人など、自分の意思や行動で関係を変えられる人であればいいのだが、学校のクラスや職場での上司・同僚などであればそう簡単には変えられない。

そんなときに効果を及ぼすのが人事異動だ。
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大阪・名古屋・福岡とのちに転勤することになったローズだが、大阪行きの異動打診を除いて、基本的にすべてその場で即答の了承の返事を出している。

コミュ障という言葉があり、世間では人とコミュニケーションが取れない人間。と、いう風に解釈をされているが、本当のコミュ障は、人と人との関係性を長期的に維持し、育てていくことだと思う。

そういう意味では私は心底コミュ障だ。初めて出会った人とはいくらでも話を続けることは可能だが、そこで出会った関係を長期的に続けることは正直苦手だ。

まず、コンカフェ・アイドル現場関係で私のLINEに留まらず、連絡先を知ってる人は、ほぼ皆無だろう。

それはこの界隈に留まらず、仕事関係の人でも同じである。このひと月の間に業務以外のLINEなんて5通(しかも一人)しかない。

小さいころから大のオトナになるまでずっと育ててきた関係や経験なんてないから、どうやって「トモダチ」的な関係を築いたらいいのかわからないのだ。

だからといって、人前で話すことができないわけではない。「職場」や趣味の「現場」で、役割やキャラクターを与えられればもちろんしゃべれる。

人と話す。と、いうことが仕事なのだから、そこではどれだけしゃべっても不自然ではない。でも、そういう役割の無い人間と人間の関係になると、途端に何をどれだけ話せばいいのか?と、いう、距離感や空気感がわからないのだ。

こういう感覚は、もしかしたらアイドルさんやメイドさんも多いかもしれない。

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アイドルさんやメイドさんと同じ。と、いう視点で考えると、顧客との関係は時に重荷に感じるときもある。

教育業の最も楽しいところは、人の成長を長い関係で見守れることだ。

例えば高校1年生で入学した生徒とは、最大3年間の関係を築くことができる。場合によっては3年間に留まらない。

講師として採用してしまえばさらに4年間のエクストラステージが待っているし、就職までさせてしまえば一生の付き合いまで発展させられる。

人生をかけてお客様と関わえる仕事はやりがいでもあるが、同時に相当の重荷である。

営業的な側面で言えば、どうしても入会を促すために、かなりの負担を約束してしまうし、苦手なお客様でも、自分を気に入って指名をしてもらえたらその好意からは、自分からは逃げることが難しい。

いわゆる「しがらみ」というやつだろうか。
一度築いてしまった自分のブランドイメージは、ある日からやっぱりこれは全部やらない。と、いうことはできないもので、かなりのストレスが溜まるだろう。

接客・営業的な仕事をしている人ならば、今のすべてを投げ捨ててでも、すべてリセットして新しい土地でやってみたい。と、誰もが一度は思うはずだ。

近年、大阪のアイドルが名古屋や東京に定期的に遠征をして新しい顧客をつかみに行っているのも、営業的な側面に加えて、大阪でのしがらみから解放された新しい環境を求めてのことかもしれない。


ポコスターという自分の居場所を失った後も、せっかくアンダンテと萌えしゃんどんという新しい居場所を見つけたローズだが、留まることを知らない好奇心と、自分自身がコミュ障であるがゆえに、名古屋行きを快諾をした。

時は2011年1月中旬。

テン年代という、時代の大きな転換点が静かに動き始めたころであった。


ハッピーハロウィーン。\(^o^)/

心斎橋にも渋谷にもいかないけれど、近所の商店街でハロウィンイベントをやっていて、コスプレした幼女をたくさん眺めることができました。\(^o^)/

台風よりも怖い子供の襲撃。
商店街の各店舗がお菓子を用意して子供にわたしてるのを見ると、とても微笑ましいですよね。


と、いうことで選挙が終わったので、その感想を書いても良いのですが、あんなブログを書いてたらやばい人認定されてしまうので、今日は趣向を変えて文化的な?漫画の話。\(^o^)/

少年ジャンプ50周年企画で発売された復刻版を買ってきましたー。\(^o^)/



と、いうことで今回はうどん→選挙に次ぐ漫画の話。と、いうことで興味のない人には、とってもツマラナイ話となっております。\(^o^)/

大変申し訳ないですが、メイド・アイドル系をご希望の方は、またのご来店をお待ちしております。\(^o^)/


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・・・はいっ。\(^o^)/

これでみんな帰った?

読者の性別男子100%になった?

いちご100%みたいな表記だけど、男子100%なんて1ミリも嬉しくないね。\(^o^)/

それでも読んでくれるあなたに感謝。
と、いうことで始めるよー。\(^o^)/



と、いうことで今回は1987年付近のジャンプの紹介なんですが、当時の連載はこんな感じでした。

まだまだ黄金期とはいかないですね。正直内容は微妙です。

でも、当時のジャンプでまずびっくりしたのは、価格。
170円て。\(^o^)/

今、だいたい260円から270円なので、30年で100円もアップしてますやん。\(^o^)/

缶ジュースが100円→120円の時代になぜ。\(^o^)/

そして、さすがにジャンプっ子の私でも、1987年のジャンプはリアルタイムで読んでないのですが、読んでみて思ったのが、とにもかくにも顔が濃い。\(^o^)/



まずは定番。北斗の拳!!
目ヂカラが強すぎる上に眉毛が濃い。\(^o^)/

コミックスはもちろん知ってましたが、
雑誌サイズで読むとさらに濃い。\(^o^)/



そして民明書房で有名な男塾も濃い。\(^o^)/
ゴツイ・デカイ・眉毛濃い。が、流行の作風でした。



のちにサラリーマン金太郎を描く本宮先生も濃い!
赤龍王というキングダムに近い時代の漫画なのですが、
あまりにも登場人物の顔に違いがありますね。\(^o^)/



のちに女子に大人気になるジョジョも濃い。\(^o^)/

連載開始号ですが、誰がこの30年後に、
人気俳優で実写映画化されると予測したでしょうか?\(^o^)/



出てくるキャラクターは、犬だって濃い。\(^o^)/

後にチワワのCMが流行るだなんて、この当時、
誰が予想ができたでしょうか?\(^o^)/





よくわからない漫画も、とにかく濃い。\(^o^)/

ドーベルマン刑事の平松先生は知ってますが、
もうひとつの春日井先生は存じ上げなかったのですが、
とにかく濃い濃い。画面が濃い。

90年代の芸能人を見ると眉毛が細すぎる。
と、いう感覚と同じようにこの時代は、
これがナウでヤングな感覚だったんでしょうね。



そういう視点で見ると、両さんのまゆげが、
全然濃くなくて普通に見えてくるから不思議です。\(^o^)/



ここまで濃い顔が続くと、
聖闘士星矢のさわやかさが際立ちますね。

たしかに腐女子も生まれるはずです。\(^o^)/



キャプテン翼もさわやかすぎます。

しかし、今になってもなお、つばさ君がA代表の話に行かないなんて、
誰が想像できたでしょうか?\(^o^)/



ちなみにキャプテン翼の人気投票があったのですが、
まさかのつばさくんが5位。\(^o^)/

なんならキーパーも若島津君のほうが上なんだけど。\(^o^)/

最近は人気投票をやらなくなっちゃいましたが、
昔はなんていうか、こういう紙面を通じてしか読者の声?
を、感じることができなかったのが面白いですね。



面白いといえば、当時のジャンプって、
第何話とかって入れてなかったんですね。

しかも作者の紹介がテキトーすぎるし、
あおりも、「巻頭カラーまであと4回」って、
全然興味惹かれないし。\(^o^)/

最終回とかだったらわかるけど、
巻頭カラーまでの回数を気にする?



もうひとつ面白いといえば、
当時の広告も一部復刻されてるんですよね。

PC8800が約10万円。
クロック周波数が8MHZという優れもの???

手のひらサイズのアイフォンのほうが、
安くて処理できる時代が来るなんて誰が想像できたでしょうか?

そして広告になっている斉藤由貴が、
のちに3回も不倫の謝罪会見をするなんて、
誰が想像できたでしょうか?\(^o^)/





あとは個人的に、のちの結果を知り尽くした
神の視点になってみてみれば、当時の手塚・赤塚賞や
新連載を考える場である増刊号のメンバーを見ると、
にわのまことや森田まさのりの名前があったりして
これからのジャンプ黄金期の到来を予感させますね。

当時のジャンプは、20周年でまだまだチャレンジ精神を失っていなかった。と、いう雰囲気を感じます。当時の編集者コメントにもありますが、週刊誌で後発のジャンプが成功できたのは、絶えずチャレンジを続けてきたからだ。と、後に編集部は語っていますが、チャレンジって本当に大事だなー。というのを実感できる増刊号でした。





じろーさんが、10月も終わろうというある日、こんなことをつぶやいていた。


2014年 レリゴ、ようかい、ひまわりの約

2015年 R.Y.U.S.E.I.、ドラゲナイ、トリセツ

2016年 前前前世、恋、PPAP

2017年 ……?

もしかして今年、大ヒット曲一つもないまま終わるな?


1990年代のJポップ黄金期を生きていた身としては、2000年代から流行の歌など無くなってしまったように思っているのだが、言われてみれば、確かにそれに一層輪をかけて流行の歌など無くなってしまったのかもしれない。

音楽は魔法だよ。などと言われたり、音楽は人種の壁を超える世界共通の言語だと言われたり、音楽は当時の記憶を思い起こさせる「しおり」と言われたり。

様々な表現で人々から必要とされてきた音楽だが、どうして今の日本では流行の歌が無くなってしまったのだろうか?

単純に良い歌が無いから流行らない?
それとも良い歌があるけど、その良さを紹介する人がいないから流行らない?

その真相は誰にもわからないが、音楽がその年代の記憶を思い出させるしおりなら、2017年の日本には、思い出が何一つないということになってしまうというのも寂しい話だ。。。

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今はなくなってしまった、現代版歌声喫茶の萌えしゃんどんには、いつでも、その時々のはやり歌が存在した。、

萌えしゃんどんの魅力は、目の前で歌を歌ってくれるという希少性もさることながら、リクエストした人以外の大勢のお客さんも楽しませる間奏の間の「MC」が魅力のひとつだったと個人的には思っている。

その中でも、萌えしゃんどんのうたちゃんは、MCの名手だった。

曲の前奏・間奏・後奏と言っても、曲ごとにその長さは違うのだが、うたちゃんは、まるでラジオのDJやアナウンサーのごとく、秒単位でそのスキマ時間に見合ったMCを入れるのだ。

普通は、少し時間が余ってしまってなんとも言い難い「間」ができてしまったり、逆に時間が足りなくて、早口で聞き取れなかったり、尻ギレになってしまうのだが、うたちゃんは1秒単位でピタッと時間を合わせてくる。

それどころか、時間を合わせるだけじゃなく、リクエストした人との会話を活かしたり、その曲にちなんだ普通におおぉー。というようなオタクトリビアを盛り込んだり、最近あった出来事にオチをつけて話したり。

それは、メイド国宝とも言うべき鮮やかな話芸であり、自分がリクエストをするときには、今日はどんな風にまとめるんだろう。と、ワクワクした。、

うたちゃんや他のメイドさんがMCで語っていたから好きになった歌や知るようになったアーティストも多いし、時には萌えしゃんどんで歌を聞き過ぎて、原曲よりも、そのメイドさんが歌ううたの方が好きになってしまった歌もある。

ただ、自分を認知してもらうことがだけが喜びだったり、自分のくだらない話を押し付けて受け入れてもらうことが生きがいだったり、おはよー。おやすみ。など、ツイッターで他愛もない日常会話を交わすだけじゃない、大きな知的興奮や刺激がそこにはあった。


最近、メイド喫茶やアイドル業界にひとつ不満があるとしたら、あまりにもみんな「しゃべり」がへたくそすぎるところだ。

ライブでの告知でも、ツイッターでの告知でも、あまりにもひねりが無さすぎるし、中身も無さすぎる。

ライブ会場であれば、100歩譲ってMCがへたくそでも良い。
※基本ミュージシャンってみんなMC上手いけど。

ただ、カフェやバー的なイベントをするのであれば、少しで良いから、最近の近況や面白い話の引き出しをためておくのが、基本であるだろうし、むしろそのためにカフェやバーイベントをするのではないだろうか?(そうでなければ集金することが目的としか思えない)


アイドルやメイドは、自分が消費され、自分を売り物にしている商売である。

あまりに人前に出過ぎて、自分を売りすぎて、自分を補充する時間を取らないと、自分という商品は売り切れになって飽きられる。

売るものが何もないのに、空っぽの見るに堪えない商品で人前に出てしまえば、それは自分のブランドをさらに落としてしまい、焦って空っぽの状態でさらに人前に出る。と、いう負のスパイラルに陥ってしまうのだ。


こういう状態を防ぐために、「お店」というグループを組んで、交代で休むシステムを設けられていた過去には、そんな余裕もあったのだろう。

しかし、今はシフトが公開され、個人の名のもとに売上の責任を負う今の時代については、みんなに忘れられることが怖いだろうし、休んだ隙に浮気をされることを恐れて、休みが取れなくなってしまうスパイラルに陥っている女の子を見ると胸が痛む。

メイド喫茶やアイドル業界もまた、利益を得るために、安心と安全がなくなってしまったこの国の動きを反映してるといえるだろう。。。


この前ふらっとすき家に行ったら、もはや牛丼ではなくて、サンマとおでんが販売されていたんですけど・・・。

え・・・?なにこれ?
もはやなんでもありの盛り合わせ。
って、最近の野党みたいじゃない?\(^o^)/

と、いうことで、引き続き香ばしいブログの第三弾の最終回。

今回がもっともやばい内容なので、興味のない人は早めに離脱してください。\(^o^)/


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○アベノミクスを総括する

いきなりなんですが、「総括」って、左派の言葉なんですね。昔とある教育系企業の面接を受けた時に、総括は大事だ。総括は大事だ。そうは思わないかね?って、連呼かつ質問されたことがあって、その時は、まぁ、大事じゃない?くらい答えていたんですが、総括って、ちょっと怖い言葉です。ほぼリンチに近い内容ですよ。\(^o^)/


で、経済的に専門でもない私がアベノミクスを総括するなんてできないのですが、前提としてのアベノミクスは、私個人としてはそれなりの恩恵があったので、悪いイメージはありません。

当時の私はFXをちょうど始めたばかりの時期で、特に考え無しにレバレッジ20倍という大ばくちでトレードをしていたやばい時期でした。

最初はオーストラリアドルとかポンドとかを買っていたのですが、何を考えたか当時の最終的な戦略は、「動きの少ないドルを買う」ということに落ち着いていたのですが、80円前後からほとんど動きの無かったアメリカドルが一気に100円近くまで上がっていく様子を見た時には、勝ってはいるのに、むしろ寒気がしましたね。

さすがに120円まで行くとは思ってなくて100円くらいで利確してしまいましたが、個人の力なんて国の力の前ではちっぽけで無力さを感じることになったきっかけでした。

○第3の矢を放つのは難しいのか

アベノミクスの戦略は、小池さんや他党に比べると、まだ理論的には理解ができると思います。

金融緩和でお金の流通を良くして、かつ公共事業などを大掛かりにやる。経済に金銭的、時間的猶予を持たせてその隙に、時代遅れになった経済モデルの構造改革を実施する。

なるほどね。
確かに現状制度を維持した延長線上の戦略なら、私もこれしかないのでは?と、感じます。

実際、円高だった日本の円の価値は、120円前後まで回復し、輸出メインの業界にとっては、アベノミクスはかなり効果を発揮したでしょう。

また、もともと魅力的であった観光地としての日本が、円高によってさらにその価値を高め、日本に世界から観光客が訪れるようになったのは、アキバやポンバシというクールジャパンの聖地?にお住いの皆さまも知るところだと思います。

どの新聞なども、第1・2の矢についてはそれなりに評価をしていますが、結局最後のビジネスモデルの構造改革を実現しきれなかった。と、いうのが、アベノミクスを実現できなかった要因でしょうね。


○誰だって、自分の視点ではワイズスペンディングをしたい

小池さんが今回の施策の様々な資金源は、ワイズスペンディングでねん出する。と、言っていましたが、もしもそんなことができれば誰だってやっているんですよね。

コンカフェでのお金の使い方をワイズスペンディングできれば、誰もがメイドさんと繋がれるわけです。でも、それができない。\(^o^)/

当たり前ですが、お金の使い方は利害関係者の立場によって変わるので、ある人にとっては、経費削減でも、ある人にとっては、利益削減になってしまうわけで、お金をどんな風に使おうとも、抵抗する勢力が必ずいるわけです。

自分たちの利益を守ろうとするために、全体合計の利益を損ねてしまうのは、私は仕方がないことだと思います。

そこを責めても仕方がないし、そこを改善しようとするのは、費用対効果が薄い施策だと思っています。


○トリクルダウンは起こらない

じゃあ、どうしたら世界は上手く回るのか?
アベノミクスで考えたのは、貧困層を助けるよりは、まずは優秀な人を優遇して、優秀な人が働きやすい環境を創ったらどうか?と、いう考え方でした。

優秀な人が日本を代表して頑張って、世界に勝てるようになったら、お金をたくさん稼いでくれて、その富裕層の利益が、徐々に下々の人々にも回ってくるのじゃないか?と、いうのがトリクルダウンの考えです。(シャンパンタワーみたいな感じ)

この政策は、加速する資本主義の中では至極真っ当な方法だと思います。

他の人より劣るのであれば、「長時間残業をして帳尻を合わせる」「一生懸命さをアピールして、周りの盛り上げ役・気遣いとして頑張る」と、いう時代は終わりを迎えました。

コンピュータに留まらず、スマホという文明の利器が発達したことによって、個々人の能力の格差というのは、残酷なほどまでに差が開いてしまったのです。


○世界大会が終わったと思ったら、宇宙大会、銀河大会が始まった

資本主義の象徴として、個人的には、少年漫画のバトルトーナメントを思い出します。

最初は小さな地方の大会で、優勝を争っていたと思ったら、次は、より大きな県という大会。続いて、日本全国の大会。最後の世界と思って世界大会を勝ち抜いたら、今度は星と星の争いというとんでもない大会が待っていた。と、いうやつです。

「強さのインフレ」といいますが、今の世界はまさにそんな感じです。

ドラゴンボールで言えば、最初はわりと強めのキャラだったヤムチャですが、世界大会のレベルになってくると、もはや戦闘力5の一般人と変わりがありません。

ここでポイントなのは、戦闘力5の人間でも、10000人で力を合わせれば強くなれるということではありません。

魔人ブウの前では、ヤムチャが10000人いようとも、すべて瞬殺をされてしまうわけで、中途半端な戦闘力の人間をたくさん生み出すよりは、ひとりのスーパーな人間を生み出すことが、これからの資本主義社会を勝ち抜くコツなのです。ワンフォーオールじゃなくて、オールフォーワン。

ソルジャーともっぱらの評判だった、マーチ・関関同立も今ではたいして役に立たず、最低でも東大・京大レベルじゃないとこれからは何の価値もなくなるでしょう。


○なぜ私たちの生活は苦しいのか?

そういう視点で考えると、なぜ私たちの生活が苦しいのかというと、「弱者」を救済しているからです。

単純に、能力が低い人ができない仕事をカバーしているという面もあるし、身体的にハンデを追っている人の医療費を負担しているケース、特に最近では老人の年金・医療費の負担が私たちに重くのしかかっています。

批判を承知で言えば、弱肉強食の自然の摂理から考えれば、人間のこのような行為は極めて不自然です。

例えば自然界において、体の弱い子供が生まれたり、大人になっても怪我をした動物を、動物は助けるでしょうか?

食料的な面でも、病気的な克服面でも、私たちは「死なない」社会になったから苦しい社会になっている。

身体面や、能力面で劣るものは、自然に淘汰されることによって、適者生存の世の中が回るのに、自然に反した行いをしているので、本来は負担するはずのない負担をしている私たちが苦しいのは、きわめて当然でしょう。
過去に、透析患者は金がかかるから殺せ。的な内容のブログが話題になりましたが、自然の摂理という面から見れば、わからなくはありません。

弱者はどんどん斬り捨てて、そのお金を優秀な人に1点集中するべきなんです。法人税を限りなく下げるなど、条件面をゆるくして、働きやすい環境を作らなくてはいけないわけです。内部留保に課税をするなんてとんでもない。


○能力による正しい利益分配って?

そういう視点で言えば、格差、格差。と、いうけれど、本当に今ある格差って、我慢がならないほどの格差でしょうか?

例えば仕事場において、1時間で製品を100個作る人と、1時間で50個作る人がいるとしたら、給料は2倍の格差がなければおかしいのに、せいぜい20%くらいしか差が無いですよね?

営業的な視点で言えば、ある人は1億円売上て、ある人は2000万しか売り上げてないのに、給料は5倍の格差がありますか?

別に純然と給与に差をつけなくてもいいけれど、できない人の何が腹立つかというと、自分が周りに助けられているという意識も無しに、仕事ができる人に責任を押し付け、自分は権利だけを主張するところなんですよね。
それどころか、時には、できない人ができる人を地位も給与も高いとうらやましがったりもする。腹ただしいにもほどがありますよね。

しかも、能力があるからと言って、自分が稼いだ利益の半分も税金で取られることが、当たり前の世の中っておかしくないでしょうか?それなら頑張らないで目立たないようにそこそこしてるほうが得じゃない?


○「排除します」発言の真実

今回希望の党の支持率を下げる要因になったと思われる小池さんの「排除」発言ですが、これはこれからの資本主義のその先の形を考えたら、十分真っ当な考えなんですよね。

批判を承知で言えば、弱者を助けることにどんな意味があるのでしょうか?無能力者を助けることにどんなメリットがあるのでしょうか?

大変申し訳ないけれど、生まれながらに仕事ができなければ、それなりの生活を享受してもらい、身体的にハンデを抱えているのであれば、これも申し訳ないけど、自己責任、運が悪かったということで、自分で何とかしてもらうのはダメでしょうか?

あれもこれもと、理想を抱えて全員一緒に滅びていくよりは、一部を人柱にしてでも、その他全体が生き残れるようにするのが自然の自然な姿でしょう。


○それでも排除される国、日本

今回の1件で「排除」という発言にみなさんが敏感なことが判明しましたが、それはそれでおかしなことだな。と、思うのは私だけでしょうか?

だって、全体主義の慣れの果てに、排除・排除の習慣を作っている国こそ、日本の正体であり、強みじゃないですか?

全体の流れを察知し、忖度し、「空気が読めない」奴は、同調するように圧力がかかる。ルールを守らないやつ、乱す奴はいじめられても仕方ない。

みんなが我慢しているのに、空気を読めないで一人だけ好き勝手してるやつは、体育館の裏に呼び出してヤキをいれよう。裏で噂話を流してイメージを悪くしてやろう。2chにあることないこと買い込んでやろう.LINEのグループに入れないで、みんなであいつの悪口を言い合おう。

いいじゃないですか。
これこそが日本人の強みですよ。

目に見えない空気に沿って、一致団結して進む集団の力。

個人の力では勝てなかった人間が生き残るために発達させたコミュニケーションの力です。


○全体最適の為に個性は殺す

いじめは良くない。と、いうけれど、集団を維持するためには、ある程度の見せしめは仕方がないんです。

だって、本当はそれをしなくていいんだよ。なんてことがばれたら、それを誰もがしなくなっちゃうんだから。

例えば結婚と出産。

実家に帰るたびに、孫の顔が見たいわ。と、親に言われたり、親戚から、夫婦仲は良いのか?と、セクハラ発言をされたり、会社では結婚をしていない人は出世が出来なかったり変態ではないかと疑われたり。

こういう世間からの圧力が無ければ、誰だって結婚なんてしたくないですよ。子供だって生まずに自由に生きていたいですよ。

世の中の大部分の女性なんて、50%以上の人が結婚相手とずっと生活したいなんて思ってないんじゃないですか?

本当は離婚したくて仕方ないけど、女性というだけで正社員の仕事はないし、生活ができないから仕方がないから結婚をしている。

大変申し訳ないけど、社会構造的に女性は稼げないようにして、男は無能でも稼げるようにしなければ、男女が結婚する理由が無いでしょう。

最近はそこが崩れてきて、女性が少しは稼げるようになったから、婚姻率が下がり、離婚率がも上がったのかもしれないし、不倫が増えたのかもしれませんね。


○一夫一妻制度・純愛という猛毒

そういう視点で考えると、生物学的には、そもそもどうして一夫多妻制度ではなく、一夫一妻制度などが発達してしまったのでしょう?

これこそ、共産主義にならぶ、人類に与えられた猛毒の思想ですよね。

どう考えたって、ひとりのひとがひとりのパートナーとずっと暮らしていくのおかしいでしょ?

だって、優秀な人はより優秀な遺伝子を残すべきだし、優秀じゃなかった人は、その遺伝子を絶やしてくれないと人類が発展しないんだから。

もしもこれから資本主義を拡大していくのであれば、早期にこの制限を取り払うことが、人類が発達していくためのポイントとなるでしょうね。

100億円の年収がある人は奥さんを100人娶った方が、年収1億円の家庭が100個できるので、富の再分配になるでしょう。


○自然の摂理に反することをするからおかしくなる

今回お話ししたいことは、自然の慣習に反することをするから、私たちは生きることが苦しいし、つらいことが増えるのではないでしょうか?

前述の医学の発達による延命措置・純愛による結婚・出産の制限の件もそうですし、前回に述べた平和のために戦争をしない。と、いう考えも同様です。

古今東西・過去に歴史を学んでも、人間は結局最後は争いでしか物事を解決できなかったのです。

憲法改正をして、戦争に日本を巻き込む気か?と、左派の人は躍起になりますが、本当に戦争が起こった時に、武力をまったく持たない国が生き残る方法はあるでしょうか?

北朝鮮の状況と世界の経済状況を考えると、戦争が起こる確率は、決してゼロではないと思います。

今回のブログを書くにあたり、少し面白いな。と、思ったのは、人間(自民党)は過去の歴史をもとに「戦争が起こることを学んだ」から、戦争ができる体制を整えようとするし、人間(共産党関連)は、「戦争が起こることを学んだから」戦争が起こらないような体制を整えようとしていることなんですよね。
人は歴史を学ばない。のではないんですね。歴史をどう解釈するかの違いと、人間とはどうあるべきか?の、美学の違いですね。


○20XX年。世界は核の炎に包まれるのか
と、いう感じで長々と書いてきたブログですが、いよいよ選挙も明日に迫りましたね。

国という形がどちらに振れるのかわかりませんが、私たちは、今限りなく面白い時代を生きていると思います。

私個人としては、今後10年以内に戦争が起こるのではないか?と、期待して、毎日を適当に生きています。\(^o^)/

果たして人間は、同じ過ちを繰り返すのか?それとも、そもそも戦争という行為が人間が成長していくために必要な過程なのか?

日本人としての答えが楽しみですね。


以上のようなお話ができるメイドさんがいたら漏れなく推すので、該当者の方はぜひコメントをお願いします。\(^o^)/


記憶力を維持するガム!!

なんだかドラえもんの秘密道具みたいなガムですね。\(^o^)/

こんな効果を真正面から銘打った商品が、普通に販売できているのを見て、いろいろ怖い。。。と、思うのは私だけでしょうか?

こんなものにどんな使い道があるの?と、思ったけど、選挙真っ盛りの今の時期では、政治家にこのガムを毎日噛ませて、「記憶にございません」と、いう答弁を撲滅できたらいいですね。\(^o^)/


と、いうことで今日もずっと政治信条の話をし続けるので、興味の無い方は、大変恐縮ですがおかえりいただくようにお願いいたします。\(^o^)/


それでは前回の続きから。\(^o^)/


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○前提としてのモリカケ問題

今回の解散の一因ともなったモリカケ問題。すでに大半の国民の興味はなくなったようですが、私も最初から対して興味が無い問題でした。

実際の真実はわからないですし、その途中経過・対応方法にも問題があるとは思うのですが、それがすなわち、現政権が交代するべき理由になるとは思えないからです。

この問題は、

①権力を利用してちょっと悪いこともしちゃうけど、国民全体にはちゃんと利益の結果を出すよ。

と、いう政治と、

②権力は、公正に使用して、絶対に私的な利用なんてしないよ。でも、その分余計なコストと時間がかかって国民全体の利益は減っちゃうけど公明正大の方が大事だよね。

と、いう政治方針の対立だと思うのです。



○白河の 清きに魚も 住みかねて

正直、公明正大にして、かつ利益を出してくれたらいいのですが、この二つはアウフヘーベン(笑)しないかぎり相反する事象だと思うので、まず不可能だと思っています。

何かしらの「決定権」を持ったことがある人は理解できると思うのですが、ある程度の組織をまとめて、何かを進めていこうとすると、すべてを公明正大・平等に実現することはかなり困難です。

会社でもそうだし、野球などのスポーツでも、自分の気心の知れた内部の仲間、外部の仲間と、一定の価値観、独自ルールを共有して物事を進めていった方が、全体としては、スムーズで結果が出るとは思っています。

大きな成果を得るために、小さなルールを無視することも、人間という生き物では必要でしょう。

もちろん、その度合いによりますが、今回のケースくらいであれば、現政権が気分よく?仕事をできるのであれば、必要なコストとみなしてもいいのではないでしょうか?

※もちろん直接利害関係があり、現政権と反する立場で不利益を被った人たちが怒るのは至極当然であります。

小池さんが、情報公開を売りにしておきながら、自身の透明性が少ないことを批判されていますが、あれだけのスピード感があるのであれば、独裁的でも透明性が無くても仕方がないのではないかと思います。(まぁ、それをアウフヘーベン(笑)してほしいのですが。)

特に近代では、どんどん決断に必要なスピード感が増しているので、過去のような合議制で上手くいく企業や組織って存在しえないんじゃないですかね。。。(※でも、それがのちの戦争につながるのかもしれませんね)



○プリンセス☆ローズは、左派なのか?

さて、前回のブログを読んだ時に、こいつ結構危ないやつだな。と、思った人もいると思うのですが、左派と右派。どっちなの?と、聞かれたら、自分でもどっちなのかわからない。\(^o^)/と、言うのが本音です。

ちなみに左派とは、どちらかというと、社会主義・公明正大・みんな平等幸せに・改革派。と、いう考え。

右派とは、資本主義・格差上等・体制維持・保守派。と、いう考えです。大雑把な区切りですが。


○努力・友情・勝利の申し子

私は現実社会では、完全に左派な行動をしていますが、ネット上では、、、いやネットだけじゃなく、本心も、生まれながらにしての本質は極右的な考えなのではないかな。と、いうのが自分なりの感想です。

そもそも、小さなころから受験戦争を自分の力で勝ち取ってきたし、大学に入ってから就職しても、内部の厳しい業績ノルマから、他企業との争いまで、自分の知恵と努力によって勝ち取ってきました。

自分が気に入らなければ、なんでも自由に提案し、それが通ることもあれば通らないこともある。もしも戦いに負けて、提案が通らなければ、会社を辞めてでも、自分がやりたいことを貫き通してきました。


メイド喫茶にも大量に課金をしているけれど、一応すべて自分で稼いだお金だし、外食も、自分が住む家の家賃も、大学を卒業してから、すべて自分の力で自己完結させています。

幼いころは、努力・友情・勝利のジャンプ思想を叩きこまれ、ウリナリ・めちゃイケのオファーシリーズのドキュメントバラエティに感化され、大学生時代はホリエモンのIT下剋上に胸を躍らせる。

そんな時代を生きてきた私にとって、勉強ができない、仕事がもらえない、彼女ができない、お店で推しの子に課金できない。という現状は、ただの「甘え」にしか思えない。と、思うのは無理もないことでしょう。

だって、自分は努力をしてきたし、結果が出てない人は、ほとんど努力をしていない。と、いうのも見てきているから。

勝利の経験に味をしめている。と、いうのは、否定しがたい事実だと思います。


○大人になったら自己責任

しかし、だからと言って「大人になったら自己責任」と、それなりの年齢にもなって断言してしまう人は、この世の中の仕組みを本気で理解をした人か、単純に視野が狭いだけのニセ社会人でしょう。

それなりの年齢になれば、それなりの様々な人たちと出会う機会もあるはずで、すべての事象が「自己責任」で片づけられるほど、世の中が上手くできていないことに普通なら気づくはずです。

例えば、生まれながらに体が弱く生まれてしまった人に、体が弱いのは自己責任なのだから、医療費は全額自己負担で払え。と、言うのでしょうか?

どれだけ勉強をしてもアルファベットが覚えられない子供に、それはお前の努力が足りないから、誰でもできる仕事を安月給でやるのは仕方ない。と、言えるのでしょうか?


○戦いは始まった時にすでに終わっている

努力をすればすべての夢がかなう。と、言うのはそれなりの前提が整えば事実だとは思うのですが、そうではないこともあるのだな。と、大人になればなるほど思うことは増えました。仕事などがすべからく平等・公平な条件で争われているのであれば、それは本人の努力によるところもあるとは思うのですが、そうではないケースも意外に多いですよね。

大人たちは狡猾なので、勝負をするときには、すでに自分たちがまけない仕組みを作っている場合が多数です。

この辺の界隈では、よくあるアイドルの賞レースなどでしょうか?あの辺が、実際の現場の内容よりも事前の段階で結果が見えているというのはよくあることです。

現場が少し勘違いをしているのは、「自分たちが努力すればなんとかなる」と思っているところなんですよね。

厳しい言い方ですが、優秀な指揮官のもとで働いたことが無い人ほど、自分の力を過信しがちです。。。


○大きな枠組みの中で本人ができることに限界はある

最近話題になった、ホリエモンの保育士の給与が低いのは問題ですが、あくまで「給与」の観点で言えば、保育士という枠組みを選んだ時点ですでに負けが決定しているんですよね。この記事の中で保育士の給与が低いのは「人災」などと表現されていますが、そうなんですよね。保育士の問題は完全に人災なんですよ。彼女たちの努力が足りないわけではありません。

それが嫌だったら、そもそも保育士という業界に巻き込まれないように離脱をするしかないわけです。保育士という職業の素晴らしさを鑑みると悲しいですが。

もしくは、全員で声を上げてストライキをするなどして、自分の待遇改善を訴えるしかないのです。

現在、好待遇を保証されている業界は、過去に闘争を行って、その待遇を勝ち取ってきた歴史がある場合が多いのです。

人は人の立場に立って考えるなんてことはないので、声を上げない人に、何かを施してあげようなどとは思わないものなのです。

「自分が困らない」と、人は動かない。


○シールズの行為は無駄なのか

少し前に、シールズという学生のデモ団体の行動が話題になりましたが、私たちは決して彼らを馬鹿にはできないと思うのです。

なぜなら、「声をあげる」こと以外、私たちにはできることはないのだから。

確かに彼らの行動には中身が無いし、思想もないし、だんだん最初の目的とずれてしまっている。と、いう点はありますが、現状に不満があるくせに、何もしない私たちに、彼らを批判する資格はありません。

※声を上げた自分たちが、やがて多くの富と名声と様々な思惑にとらわれ、組織自体を崩壊させていくことを体現したのはなかなか皮肉ですがそれもやってこその経験ですね。

ネット上でも、反アベ勢力がわけのわからないことをツイートしまくっていますが、それもやり方は別にして、声を上げている。と、いう点では、すごいな。と、純粋に思います。

彼らを批判できるのは、現体制を維持したい富裕層・既得権益層だけであり、圧倒的弱者のくせに、彼らを批判しているのは、勘違い以外の何物でもありません。


○弱者に唯一残された手段を放棄する

世の中はシンプルです。自分が幸せになるためには、誰かの幸せを奪うしかないという弱肉強食の世界です。

だから、強者は狡猾にシステムを作成し、弱者が負ける仕組みを構築しています。

弱者に残された唯一の手段は、現状のルールを無視した暴力行為によって反抗をするしかないのですが、何故か社会主義や左派の平等派は、暴力的な行為により革命を起こすことを否定します。

古今東西、フランス革命においても、日本の一揆においても、強者に虐げられた人々は、その唯一の武器である数をもとに暴力的行為によって為政者にその不満を伝えてきたのに、その最終手段を封じてしまうのです。

物理的に殴っていないだけで、現実は、拳で殴る蹴る以上の暴力的経済行為を日常的に振るわれ続けても、なお、暴力に訴えることをしない。

革命の無い大貧民を我々はプレイしているようなものです。


○憲法九条は、美しいか

今回の選挙のもうひとつの争点である、憲法改正論議ですが、これは正直私はどちらでもかまわない。と、いうのが持論です。

念のため憲法九条を解釈するならば、私はとても美しく、人間的であるな。と、思います。

自分たちを自分たちで守れないなんて情けない。腰抜けだ。と、考える意見もありますが、いいじゃないですか。反戦と平和を訴えて、もしもそれで万が一敵国にミサイルを打たれて滅んでも。

弱肉強食の動物として生きるのであれば、もちろん自衛のために憲法を改正するのもありですが、お互いがお互いを信じることができなければ、永遠にこの世から戦争はなくならないでしょう。

人間は思ったよりバカだけど、思ったより賢い一面があって、もしも日本が戦争を放棄して、今後何かの間違いで敵国に侵略されたり、滅ぼされたりしても、その行為を世界が許すことはないと思うんですよね。

それが情けないとは決して思わないですね。「そう決めた」のであれば、そういう生き方もありでしょう。


○極貧育ちが裕福な老人から金を奪うのは正しい。最悪なのは貧乏人を搾取すること。

最後にちょっと衝撃的でなるほどな。と、最近思ってしまったニュースを紹介します。

とある振り込め詐欺グループが言っていた言葉なのですが、見出しにあるように、振り込み詐欺犯は、自分たちの行動を悪いとは思ってなく、むしろ善意ある行為だと思ってやっていたという話です。

理屈としては、過去の恵まれた時代に稼いだお金を、若い世代に回さないやつらは悪いやつだ。だから、金を自分のためだけにため込んでるやつからは奪ってい良い。と、いう理論です。

なるほどなー。
泥棒にも三分の理という言葉がありますが、確かに虐げられた人たちが、現代版の暴力(詐欺)によって復讐をするのも理解できるところはあります。

犯罪は、もちろん犯罪をした人も悪いですが、「そうせざるを得ない」状況にした社会の責任だと思うんですよね。

いいじゃないですか。

どんどん振り込め詐欺をして老人から搾取をしても。

国際貿易センターに飛行機を突っ込ませて、多くの人を殺してしまっても。

もちろん、その行為を全肯定することはできませんが、テロ行為という弱者に残された最終手段すらすべて封じられて、動物として完全に弱肉強食の食物連鎖を生きろ。と、命じられても、嫌なものは嫌なら、その意思をいずれかの方法で示すしかないですよ。

窮鼠猫を噛む。じゃ、ないですけど、あまりに虐げられた人々は、もう少し自分たちでその権利を勝ち取っても良いと思いますけどね。

まぁ、現代の最も合法的な意思表示としては、選挙に行くことが最高の意思表示なので、テロをする前に、まずはそこをするのが良いと思いますけどね。


と、いうことで、書きたいことの2/3くらいになった。\(^o^)/

今まで左派よりで書き過ぎたので次回は長谷川さんもびっくりの極右ローズの意見で最終回予定だよ。\(^o^)/


毎週火曜日は、シルバーエイジデー。\(^o^)/

どこのスーパーで見かけたか忘れましたが、最近ちょくちょくこういうセールを見かけますね。どこかのドラッグストアでは年金支給日前後にセールをしていたり。。。

こういうのを見た時に、30代として思う感想は、「どれだけ優遇された世代やねん」というのが、率直な感想です。

自分たちは好き勝手に生きてきて、今は若い人に支えられて、さらに割引を受けられるなんて・・・。会社勤めをやめてから、平日昼間にふらふらすることが増えましたが、街中は老人であふれています。

朝に喫茶店に行けば、時には入店できないほどの混雑ぶりだったり、昼間の図書館や商店街も大勢の人でにぎわっていたり。

昼間だけじゃありません。

若者の居場所代表のマックですら、夜の8時に10人前後のおじいさん・おばあさんが席をくっつけてダラダラと過ごしているのを見ると、あぁ、この国は本当に人口の27.3%の人が65歳以上の国なのだな。と、思い知らされます。

「今」若い人たちにとっては、逆にその若さが貴重価値を持つので悪くはないと思うのですが、その間に挟まれた30代・40代の人は、前門の老害、後門のサトリ世代。と、いうことで、なかなかの不利益を感じているのではないでしょうか?

と、言ってもそれは「自分目線」の話であって、どの世代にも、その世代なりの悩みはあるのかもしれませんけどね。



と、いうことで薄々お気づきの方もいるかもしれませんが、今回はもうすぐ衆議院選挙だね。でも、もはやどこの政党に、誰に投票したらいいかわからないよSP。と、いうことで、ただひたすらにローズの選挙特番を展開するので、メイド・アイドルの話は一切行いません。

朗らかで平和な?ポンバシ話をご期待の方は次回以降の投稿にご期待ください。\(^o^)/


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・・・はい。
ここまでで離脱率は、80%くらいになりましたかね?

「文章が読めない」といわれる時代において、それでも読み進めようという画面の前の奇特なあなた。


あなた、ちょっとかわいそうな人ですね。\(^o^)/

もっと、他に読むべきサイトやすることあるんじゃないですか?友達いないの?\(^o^)/


それでも、貴重な時間を割いていただきありがとうございます。

未来に光が見えないですが、今度の選挙と今後の日本を一緒に考えてみようではないですか。\(^o^)/



○今回の選挙全体についての前提

大義なき解散。と、いうフレーズから始まった今回の選挙ですが、お金がかかる。と、いうデメリットを除けば、今回の解散は別に悪くはないと思っています。

だって、選挙をすれば、改めて自分の意見を反映した人を国会に送り込めるわけだから、今までに何があったといえど、今回の選挙で今までの政治を再度評価しなおせるわけですから。

時と場合によっては、失職の可能性もあるのに、それをわざわざ選択権を持ってる政権側が選択するのは、むしろ国民と野党へのサービスだと思っています。



○じゃあ、どんな政党に投票するべきか?

ところがひとつ困ったことが起きました。

今までの政治が好きな人は、継続の意思を既存の政党に投票することで示せばいいのですが、そうではない人は、その意思をどこに示せば良いのかわかりません。

【反アベ】というだけで、見た目だけのまとまりを見せていた民進党は崩壊し、新たに立ち上がった希望の党も、中身はほとんど自民党と同じであり、「誰が」そのかじ取りをするかという内部の権力闘争にしかすぎないことが露呈してしまったからです。



○小池さんという人物

東京都知事選で大勝をした小池さんですが、1年経った時点でその評価がガタ落ちしたのを見て、正直私は安心しました。

わかる人にはわかると思うのですが、こいつはかなりヤバイ人物です。まず記者会見などの質疑応答がめちゃくちゃすぎる。

相手から言われたことに「うふふ」というだけだったり、「ご想像にお任せします」「皆様が感じているとおりです」など、具体的な明言を避けたり。

はっきり言って、小池さんの口からわかることは、なんとなくな方向性だけで、そこには一つも具体性などないのです。


○出世する人物は、質問に答えない

この質疑応答をみていて、私は過去の会社員勤め時代の記憶がフラッシュバックしました。

あー。そうそう。
こういうクソみたいな人物が出世するんだよなー。いわゆるひとつの後出しジャンケン野郎。

曖昧なことを言って自分の責任は不明確にして、そのプロジェクトが成功すれば自分の手柄にし、失敗すれば誰かにその責任を擦り付ける。

ローズも、わざとみんなが出席している会議の中で「これはこういうことか?」ということだったり、全員入ってる掲示板内で「○○さんが責任者で良いか?」という質問をして深堀りしてきました。

ここで相手もカッとなって、その責任を持つといえばいいのですが、なかなか尻尾を出さないんですよね。全部スルーされるか、あとで個別で返答されて、証拠が残らないようにされるか。など、うんざりする結果ばかりだったのを覚えています。

一番ひどかったのは、一回、あの書き込みを削除しろ。と、役員から直接言われたときは、なんてキモの小さい会社なんだと思いましたが。(それが退職の理由にもなりましたが)


○表立ってアピールする人と実行する人は違う

ただ、正直言って、表に立つ人が、すべからくプレイヤーじゃなくちゃいけないか?と、いうと、正直私はその必要はないと思っています。

仮に小池さんが政策について無能であっても、その部下や腹心がフォローして、やるべきことをしっかりと実行してくれるならいいや。と、思っていましたが、この1年の実績を見る限り何をしてきたか不明なんですよね。
私が彼女に期待するのは、「想像を超えるほどのヤバさ」を発揮して、今までの既得権益とか常識をすべて破壊しつくし、「そうなっちゃったから」仕方なしに残りの人が渋々その方向に物事を進める。と、いうことなんですが、小池さんは中途半端に小利口で小賢しいだけの小物なので、振り切った馬鹿じゃないんですよね。正直希望の党には期待できなくなりました。


○しがらみは、誰にとってのしがらみか?

希望の党の目標のひとつが「しがらみのない政治」らしいのですが、今までの発言や行動を見る限り、彼女の指す「しがらみ」とは、自分にとって利益にならない「しがらみ」であって、自分にとって利益のある「しがらみ」は、しがらみじゃない。と、いう風に最近は感じます。

つまり、単純に言えば、日本の既得権益が自分のものじゃないことが腹正しいので、自分がトップになって、自分に得をする関係を再構築(リセット)していきたい。と、いう風にしか見えないんですよね。


これはメイド・アイドル業界も同じかもしれませんね。常連の自分が優遇されるお店は自分にとっては良いお店かもしれませんが、優遇されない人にとっては、中心のメイドと常連を排除したいと思うのが人間でしょう。



○起業するのは、なんのためか?

これは、実は民間やNPOにいても最近感じる個人的な悲しさです。

人間が成長をしたり、新しい技術に挑戦するのは、人間全体の幸せのためであるのかな?と、いう甘い考えを持っているのですが、どうにも人はそうではないようなんですよね。
例えばわかりやすいのが、過去のメディアの覇権は、新聞が握っており、それがテレビへ、ネットへと移りつつあります。

新しい技術が出来て、古い技術が過去になるとき、確かに過去の遺物は消え去るしかないのが運命ではあるのですが、今の新しく伸びているベンチャーや企業のモチベーションは、今の世の中の課題やニーズにマッチした形にサービスを作り直す。と、いうよりも、今既得権益を持っている企業からそれを奪いたい。みたいなニュアンスの人が増えているように感じるのです。


私の専門の教育業界で有れば、過去には予備校が全盛でしたが、その後、個別教室が流行り、そして今は映像授業全盛の時代となっています。

そのどの教育機関も、予備校こそが最強。個別こそが至高。映像こそがナンバーワン。と、主張し、他を排除しようとしているのです。最近はそこに偽善者のふりをした教育系NPOも参入しつつあります。

別に、すべての人が手と手を取り合って仲良しで生きていくべき。などと主張するつもりはないですが、自分の利益を確保するために、「嘘」をついたり「不都合」を排除していくことが正解になる世の中には、個人的には疑問を抱きます。。。


○資本主義とは、つまり弱肉強食の世界である

ただ、正直なところ、人間という生物が地球上を生きていくうえで、上記のような行動はまさしく合理的であり、批判されるべきでないことも理解しています。

今までの人間の歴史を見た時に、いつの世も、どこの場所でも権力闘争という争いは起きており、それが生物としての自然な姿であるからと思うからです。

むしろ、人間同士手と手を取り合って生きようよ。戦争は止めようよ。障害のある人も平等にしようよ。と、いう考えの方が生物的には異常だと思います。


○資本主義vs社会主義の構図はどこへ?

今回の選挙の争点はいくつもあると思うのですが、おそらく多くの人にとって興味があるのは、これからの日本と世界のあるべき姿。ポスト資本主義をどう定義していくか?と、いうところにあると個人的には思っています。

アベノミクスにより景気は回復しています。株価も何十年ぶりの高値です。と、言われても、多くの人が実感している通り、余裕があるとは感じられないのが実際ではないでしょうか?

自民党が、アベノミクスによりこれだけの成果を出しています。と、言っていますが、あれはまさしく強いものがより強くなっただけであって、中間層から貧困よりに進行してしまった人が多いのは事実だと思います。

現在の日本は、4割の人の犠牲のもとに6割の人の生活を成り立たせているのが現状でしょう。

そして、行き過ぎた資本主義にストップをかけるべく、現政権はそれっぽいことを言っていますが、「グローバル化」という世界戦争に巻き込まれている日本にとって、加熱する資本主義から離脱するすべはないので、格差はますます拡大していくと予想されます。

これが嫌だと思う人は、自民党以外の政党に票を入れる以外は今の生活を変える手段はないのですが、なぜ日本人はあれほどまでに自民党を支持しているのでしょうか?謎すぎます。世界レベルの競争に勝つ自信、あるの???


○自分が弱者のくせにアベ政権を支持する人はアホなのか?

一昔前にトマ・ピケティの21世紀の資本という本が流行りましたが、資本主義とは資本をもとに資本を増やすゲームであるので、お金を稼いだ企業が、それを一般人などに投資することはありません。

あくまで投資として優秀な人に投資することはあるでしょうが、社会の為に。とか、平等のために。という視点で投資をすることは絶対にないのです。

それは、企業の内部留保の高さが証明しているでしょう。過去の会社員時代、新手の新興企業が出てきてちょっと最近困ったね。と、いうことがあると、幹部から出てくる言葉は、「じゃあ企業ごと買収する?」というジョークが定番でした。

それは、ジョークの時もありますが、実際に買収してしまう時もあり、お金最強だな。と、いうことがみんなわかってるからこそ、資本をため込もうと、みんな考えるのでしょう。※実際に買収したりされたりの現場を見たことがある人はわかると思いますが、お金ですべてが解決する現場を見ると、えげつない。ですよ。。。

資本主義が進行すると、正直一発逆転がしにくい社会になると思います。すでに持っている人は、その資本をもとに資本を生み出すことができますが、そうではない人は、ちょっとそっとの努力ではどうしようもないハンデをもって生きなくてはいけないからです。


○教育の充実では格差はなくならない

そうした事実に気づいたからか、「格差是正」のために、教育については、無償にして、誰にでもチャンスを与えるべきだ。と、いう風潮が出てきていますが、これはおおいなる勘違いなので「そんなことはない。」と、誰かに否定をしてほしいのですが、誰もしてくれないのが残念なところです。

はっきり言えば、人間の能力なんて、遺伝子によってほとんど決まっているんです。

文字を読み、理解する力、計算能力、空間把握能力。

もちろん、訓練や習慣によってある程度底上げすることができますが、せいぜい本来持っている能力の5~10%程度改善できるにすぎません。

予備校とか塾で奇跡の逆転合格の話が多くありますが、あれって、ほとんどその子が持ってるポテンシャルが高かっただけですからね。

本当に勉強ができない生徒に、1億円かけて、最高の家庭教師を10年つけたとしても、たぶん東大どころか、マーチレベルでも入れないと思いますよ。

そこに巨額の投資をするくらいなら、もっと他の施策にお金を使う方がよっぽど有効じゃないかと思うのですが、教育を否定するということだけは、どこの政党もしないのですね。

「教育で人は成長するという幻想」「努力をすれば夢が叶うという幻想」を幼いころから「教育」され、洗脳されていることに知識人ですら気づかないのです。※一部の支配者層は気づいているのかもしれませんが。


○奴隷に許されたのは、数の多さによる戦いのみ

生まれながらに勝ち目のない人生を押し付けられた人たちが、唯一革命を起こすチャンスが、「数」にものを言わせて反乱を起こすことなのですが、今の日本が「詰んでいる」のがなぜかというと、その唯一の「数」すらシルバー層に抑えられているということなのです。

「逃げ切り世代」といわれる高齢者たちが、自分たちの権利を確保する。と、いうのは当然の理由なのですが、その数にあまりの格差があるために、若い世代が数で適うことはありません。

勝ち目がないとわかっていれば、そりゃ、選挙への期待も希望もなくなるのは当然ですよね。投票にすら行かないのも理解できます。

○奴隷は生まれながらに奴隷なのかもしれない。

「アルスラーン戦記」と、いう漫画を読んだ時に、奴隷制度のある国から、頑張って奴隷を解放する。という一場面がありました。

一般的に奴隷は、「かわいそうな立場」なので、奴隷を開放をしてあげることによって、良かった良かった。めでたし。めでたし。みたいなハッピーエンドになるかと思いきや、そこには衝撃的な結末が待っていました。

なんと、せっかく苦労をして解放した奴隷たちですが、結局彼らは時間が経つと、自ら奴隷としての身分を求めてもとに戻ってしまったのです。

個人的には、人間は身分が平等で、みな自由であることが幸せ。と、思い込んでいましたが、この話を読んだ時に、なるほどな。こういう考えもあるのか。と、納得しました。


特に最近ナスカグループという、悪名高いコンカフェグループがちょっとした手違いで一時解散したのですが、時間が経ったらいまだにそのグループに戻る人を見て、現代の奴隷制度なんだな。と、実感しました。


別にどれが正しいとか幸せ。と、いうつもりはないのですが、ライオンにはライオンの生き方があり、シマウマにはシマウマの生き方があるのでしょう。

シマウマとして生まれてきた人に、教育をして、ライオンになれ。と、いうのは、おかしな話のような気もしますし、それぞれはそれぞれの好きなように生きたらいいと思います。


と、いう感じのところまでで、書きたいことの約半分。\(^o^)/

残りはまた、明日以降に気が向いたら書くよ。\(^o^)/

「オタク」という言葉がずいぶん軽く使われる時代になった。

過去には、オタクとはポジティブな意味ではなく、むしろネガティブで蔑んだ言葉であり、人前で「私はオタクです。」などと軽々に名乗り出ることはできない時代も存在したようだ。

私自身は、そういう時代の境目に生きてきた人間なので、過去のオタクのイメージが実感としては無いのだが、私、オタクなんですよ。ワンピースとかすごい好きです。というアイドルが炎上するという気持ちはよくわかる。


この業界に通っていると、そもそも自分はオタクなのか?と、疑問に思う時は多い。オタクじゃなければ通ってはいけないというわけではないのだが、特撮やアニメや声優の話題に花を咲かせているテーブルを見ると少しうらやましくは思う。


私がオタクかどうかはわからないが、少なくとも、「一度ハマると熱中する」性格ではあったようだ。


そもそもこのブログを毎日書くということもそうだし、毎日メイド喫茶におかえりするということも、誰かに命じられてしたものではない。

他の誰でもない。自分自身が「したい」という欲求に基づいて動いている。

一度好きなものを見つけると、同じラーメン屋を毎日何度も訪れるし、ひどい時には一日2回食べに行くこともある。

好きな音楽アーティストがいれば、すべてのアルバムに飽き足らず、シングルのカップリング曲や、未収録の音源まで探し当てる。

仕事も同じ考えかもしれない。そこまでやる必要が無いことも、「自分がしてみたい」という欲求が出たら、、休みなどなくても100連勤くらいは平気でしてしまう性格だった。

そこには仕事ではなく、趣味という感覚があったのだろう。


逆を言えば自分がしたくない。と、思ったことへの冷め方は半端ない。仕事が嫌だと思ったらすぐにやめてしまうし、ブログも面白くないと思えば書かなくなるし、お店もつまらないと思えばまったく通わなくなる。

ずっとブログを見ていた人ならわかるだろうが、大っぴらではないが、ローズは何度も推し変をしている。そして一度冷めてしまった女の子へは二度と近づかない。

今まで投資した分がとか、寂しさとかはどうでも良い。一度別れると決めたなら、どういう過去が積み重なっていたとしても確実に別れる。ローズには他界詐欺という言葉は存在しないし、そもそもそういう駆け引きを考えた時点で、その関係は好転することが無く終わっていると思う。


「0か1かじゃない、時と場合によって変化する、いくつものグラデーションを持ったあいまいな関係」にあこがれるのだが、能力の低い私にとって、物事に極端なメリハリをつけて生きていくことだけが、私なりのこの世を自分らしく生きていく方法だった。

「清濁併せ呑む」という言葉には、正直少しあこがれるし、来世はそういうこともしてみたいと思っている。


うたちゃんの説明をしようと思ったが、何故か他の思想で埋め尽くされてしまったが、つまり、うたちゃんは、私が自然と毎日通いと思わせるほど、熱狂させてくれるエネルギーのある女の子だった。
大阪での2回目の年明けは、アンダンテで迎えていた。

もしも萌えしゃんどんが空いていれば、年末年始に少しは顔を出したと思うのだが、当時の丼は、忘年会が仕事納めで、クリスマスから年始という、最も金になる時期をすべて休みにしていたのだから、コンカフェのみならず、飲食店として見ても一風変わった経営だった。

もっとも、冷静に考えてみれば、誰もが休みたいと思う時期に無理して開けるよりも、休む時は休み、稼ぐときには稼ぐ。と、運営スタイルの方が、女の子には働きやすい。運営時間も昼に無理して開けずに16時オープンとしていたのも、時代を先取りしているともいえる。まさに今話題となっている、働き方改革の見本だろう。


労働環境としては、目を見張る点があった丼だが、店内の環境としては、年功序列、男性上位(顧客ファースト)のバリバリ昭和感の残る職場だった。

やはり、歌のリクエストが1曲800円という(当時としては)高額なシステムだったためか、(やや厳しいともいえる)お客からのクレーム(ご要望)対応に敏感なお店であった。

そのため、基本的にはメイドさんは、お客様を立ててくれるし、自分から積極的に話しかけてくれる。基本お客のいう話は共感してくれているし、ツマラナイ話でも褒めて持ち上げてくれる。冷静に考えれば、安い金額でずいぶんとご主人様気分を味合わせてもらえたものだ。

正直、お金をたくさん支払ってくれる上客の皆様のおこぼれを預かっているだけなのだが、そこのところに気づいている人はかなり少ない。お店の文化はいつだって、そこのお客さんと女の子で作り上げたものであり、中核にいない人間にとっては、あくまでその一部を楽しませているだけなのだ。そうでもないのに、常連面をしたり発言をしている人は、正直さむい。


私たちにとって最高のお店でも、世間一般で優れたお店かというとそうではない。

そもそもメイド喫茶という存在自体が、セクハラ的な意味合いを持つし、最近は気持ち悪い。という感覚すらも漂わせているが、それは男性の自然な欲求であるので仕方がないと思う。当時の丼は、本当に消費者のニーズを満たしていたお店だと思う。(むしろ今でこそ価値がありそうだが、なぜかそこには皆気づかない)

女の子同士の関係は、完全に年功序列のシステムで、実年齢に関係なく、先に入社?した女の子が、後輩の女の子を(年下でも)呼び捨てにしていた、文系チックなコンカフェに珍しい体育会の職場だった。

働くほうは、頭にくることも多かっただろうし、つらい部分もあったと思うが、お客さんの方としては、その厳しい研修姿勢は、良いお店だった。

入店した女の子が真面目なのもあるだろうが、毎回お給仕に入るたびに、初めてあったお客さんの名前をメモを取り、特徴を書いておくなど、今時、どこのお店の女の子がやっているだろうか?

「組織」という概念が薄れ、「個人」の存在だけがフューチャーされる時代に、あの頃の丼は、過去から引き継いできた先輩の伝統を壊さないようにしよう。と、いうプライドみたいなものが、店全体に漂っていた。


特に大した理由もなく、直感だけで通うことを決めたローズだったが、通い始めて数日で、「通ってよかったな」と思うようになった。

そして、今までと違い、毎日通うことでおおよそのメイドさんを知ることができ、そして、何かの偶然のタイミングが重なって、自然と「この子が今日はいたらいいな。」と、思う女の子もできてきた。

その当時、ローズが好きだった女の子は、うたちゃんだった。
  
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